小人の国

Hさんという男性が肩に届くくらいまで伸ばしていた髪をばっさり切った。
こんなことがあったからだという。


あるとき、自室のベッドで起きた瞬間に髪を引っ張られる感覚があった。
ベッドのフレームに髪が絡まっていて、起き上がったときにそれがピンと張ったせいだった。
眠っている間に何かの拍子で髪が絡まったのだろうか。
時にはそういうこともあるだろうと、その日は特にそれ以上気にしなかった。
おかしいと思ったのはその翌日だった。
ベッドから身体を起こしたとき、また髪が引っ張られた。
前日のことを思い出したHさんは二日連続か、と少し苛つきながらも絡まっている毛を手探りした。
するとフレームに絡まっている毛がおかしなことになっていることに気がついた。
単に隙間に挟まっているというわけではなく、ベッドのフレームパイプに何重にも巻き付いて絡みついているのだ。
寝ている間に一体どういう動き方をすれば、こんな絡み方をするのだろう?


それからは髪を括って寝るようにしたおかげか、フレームに髪が絡むこともなく、Hさんは特に心配することなく眠れるようになった。
しかし二ヶ月ほど後、久々に会った友人としこたま飲んだ日のこと。
酔って帰ったので、着替えもせずにそのままベッドに横になってしまった。当然髪は括っていなかった。
目を覚ましたのは明け方で、窓の外はまだぼんやり明るいくらいの時刻だった。
前夜の酒のせいか、喉が乾いている。トイレに行ってから水を飲もうと身体を起こしたHさんは、ひどく頭を引っ張られて枕に頭を戻してしまった。
すぐに気づいた。引っ張られたのではない。また髪がどこかに絡まっている。
昨夜は髪を括らないで寝たのが失敗だった、と後悔したが、それにしても以前とは比べ物にならないくらい強い衝撃に感じられた。
一体今日はどういう絡み方をしているんだ、と頭に手をやってみたHさんは、あまりのことに呆然とした。
一本どころではなく、何十本という髪が放射状に引っ張られ、ベッドのフレームに巻き付いている。
それどころか、ベッドの脇にある電気スタンドのアームにも何本か絡んでいた。
まるで昔絵本で見た、小人の国で捕まったガリバーのようだった。
いくら寝相が悪かろうと、こんな絡み方になるはずがない。
誰がこんなことを?
部屋を見回すが、一人暮らしの部屋には他に誰もいない。
とにかくそのままでは身動きが取れないが、手の届く範囲に刃物がない。仕方なくHさんは毛を一本ずつ手で引っ張って切り、やっとのことで身を起こすことができた。
窓も玄関も戸締まりは万全だった。外から誰かが入ってきてこんな悪戯をしたというのは考えられない。
まさかガリバーみたいに小人がやったんじゃないだろうな。そんな考えが頭をかすめたが、小人など見たこともない。
その日Hさんは美容院でばっさり髪を切り、ついでに薬局で燻蒸式殺虫剤を買って帰った。
髪を切ったからか、それとも殺虫剤を焚いたおかげか、それ以来はおかしなことは起きていないという。