自習スペース

学生のNさんが市立図書館に勉強をしに行った。
市立図書館には四人がけの机が並ぶ他に、自習スペースとして一人用の机も複数設置されている。
幸いその日は一人用の机がいくつか空いていたので、Nさんはそのうちのひとつに腰を下ろした。
すると奇妙な感覚があった。椅子に腰掛けた瞬間から、周囲の音が急に遠くなったように感じられた。
図書館の中はもともと静かではあるが、周囲に利用者が何人もいるから、ページをめくったり椅子を引いたりする音はする。
だがそういった音が突然消えてしまったように感じた。まるで耳栓をしたかのように、周囲の音が遠い。
それだけではなく、視界もだんだんおかしくなってきた。ゆっくりと、周囲の本棚や壁がNさんに向けて迫ってくるように見える。
これはどうもおかしい……。
Nさんは腰を下ろしたばかりの椅子からすぐに立ち上がった。
その途端に音が戻ってきた。壁や本棚も元通りの位置にある。
これは……この席がおかしいのか?
もう一度同じ椅子に座る気にはなれなかったNさんは、四人がけの机に移動して勉強を始めた。
勉強しながら、最初に座った自習スペースの方を何度か眺めたが、Nさんが帰るまでそこには誰も座らなかったという。