靴下

幼い頃からSさんは扉の隙間が嫌だったという。ぴったり閉まっていない扉に数cmの隙間があると、それがたまらなく嫌に感じていた。
几帳面なためではない。そうした隙間があると、決まってそこに靴下を履いた足が見えるから嫌なのだという。
隙間の向こうに見えるのは足首だけで、毎度同じ靴下を履いている。紺と灰色の縞柄の靴下だ。
足首の主は仰向きに横たわっているようで、爪先が上を向いている。
物心ついた頃からずっと見えていたという。
初めの頃は嫌悪感を持っていなかった。何しろ当たり前のように見えていたから、それがそこにあるのだと疑うこともなかった。
だがあれは誰の足だろうと思って扉に近寄ると、途端にすっと見えなくなる。扉の向こうにもそれらしき人の姿はない。
扉に近寄らずに他の人に開けてもらっても、やはり足首はすぐ引っ込むように消えてしまう。
場所を選ばず、どこであっても扉に隙間があれば見えるが、他の人には全く見えていないらしい。
そんなことがわかってくると、Sさんもそれが嫌になってきた。あの足首はどうやらまともなものではないらしいと思うと、見るのが苦痛になってきたのだ。
家族にも扉をぴったり閉めるように言ったし、扉に隙間が空いているのを見つけると目を逸らしながらぴったり閉める。
そうやって注意していても時々それが目に入ってしまうことがあり、そのたびに苦々しい気持ちになった。


Sさんが大学生の時、母方の伯母がガンで亡くなった。
昔からSさんもかわいがってもらったので、大きなショックを受けながら伯母の家に向かった。
布団に寝かされた伯母は闘病生活ですっかりやせ細り、元気だった頃にはふくよかだった頬が削り落としたようにこけていた。
優しかった伯母の変わり果てた姿にSさんは涙をこらえきれなかったが、後に目を疑うようなものを見てしまったために、通夜から葬儀までずっと呆然としたままだったという。
それは納棺のときだった。
葬儀屋の手で伯母にかけられた布団が剥がされ、それまで隠れていた足が覗いた。紺と灰色の縞柄の靴下を履いている。
扉の隙間の足首と、今見ている伯母の足首が脳裏でぴったり重なった。
――あの靴下だ。


それ以来、扉の隙間から足首が見えるということは皆無になったが、今でもSさんは扉の隙間があると落ち着かないという。