天井くだり

Tさんは小学生の頃、姉と同じ部屋で寝ていた。そうして時々、おかしなものを見た。
なぜか真夜中にふと目が覚める。暗い部屋の中で上からカタンと音がする。
天井の端の板が外れて、開いた黒い穴からパジャマ姿の姉が顔を覗かせる。
姉は穴の縁に手をかけてぶら下がると、身軽にすとんと下りてそのまま布団に潜り込む。それを見届けるとTさんもまた眠くなってきて、次に気がつくともう朝になっている。見上げると天井には穴などない。
そんな光景をTさんは一度や二度ではなく何度も見た覚えがあるのだという。
天井裏がどうなっているのか姉にそれとなく尋ねてみたこともあったが、見たことないから知らない、というのが答えだった。嘘をついているようにも見えなかった。
姉がいつも下りてきていた天井の端も調べてみたことがあるが、天井板がしっかり固定されていて取り外せるようにはなっていない。
辻褄が合わないところばかりで、現実だと考えるだけの材料がない。Tさんはじきにそれを夢だと考えるようになった。夢にしてははっきり見えていて記憶も確かなのだが、とにかく夢だと思うようにしたのだ。
夢の話なのでTさんはそれを誰にも話さなかった。なんとなく話す気にはならなかった。
夢だと思うことにしてからもTさんはそれを何度か見たが、やがて姉が中学生になったのを期にTさんが別の部屋を与えられ、下りてくる姉の姿を見ることもなくなった。
ここまでが二十年ほど前の話である。


Tさんが小学一年生の長女を連れて実家を訪れたのは今年の七月のことだ。
孫の顔を見て両親も大喜びで、Tさんも実家でゆっくり過ごせたのだが、一夜が明けた朝、娘がこんなことを言った。


寝てる時に女の子が天井から出てきたよ。


Tさんの記憶が一気に蘇った。娘にあの夢について話したことはないし、それまで家族にだって話した覚えはない。
その晩Tさんたちが寝たのは、かつて小学生の頃に姉と寝起きしていた部屋だった。同じ部屋に寝たせいで、今度は娘が同じ夢を見たのか。そんなことがあるのだろうか。
あるいは、夢ではなかったのだろうか。
娘の話をよく聞いてみると、かつてTさんが見ていたものと細部も一致しているようだった。ただ、娘が見たパジャマ姿の女の子はTさんの布団に潜り込んでいったという。Tさんは夜中に目を覚まさなかったので、娘の言うように誰かが布団に潜り込んできたかどうかはわからない。
しかし娘が見たものが二十年前にTさんが見ていたものと同じだとすると、Tさんにはひとつ気になったことがあった。
もしかすると――あの頃見ていたあの女の子は、姉ではなかったのではないか?
思い返してみれば、Tさんは下りてきた女の子をなんとなく姉だと思いこんでいただけで、はっきりと姉の顔を見ていたわけではなかった。真夜中の暗い部屋の中だから顔がはっきり見えるはずがない。姉と同じくらいの背丈だったからか、姉の布団に潜り込んでいったせいか、とにかくTさんがただ姉だと信じていただけだった。
天井から下りてきていたのは一体誰だったのか?
次に実家に行ってもあの部屋には寝ないことにする、とTさんは暗い顔で語った。