鉄工所の穴

Oさんが毎日通る通勤路の途中に一軒の古びた工場がある。
機械部品の加工を手がけている鉄工所らしいのだが、道がちょうどそこでゆるいカーブになっているせいで、Oさんはそこを通る時は何となくこの工場に視線が行く。
ある朝もいつものように車でこの工場の前を通ったOさんだったが、いつもとその様子が違うことに気が付いた。
工場の水色の屋根に、大きな穴が開いているのだ。コンパスで書いたようなきれいな円形の穴が四、五メートルはあろうかという大きさでぽっかりと口を開けている。穴の縁に建材の断面もちらりと見えた。
――昨日はあんなふうじゃなかったのにな、なんであんな穴が?
その日はそれ以上特に気にすることもなく職場に向かった。


翌朝も屋根の穴はそのままだった。
――雨降ったら吹き込むだろうなあ、なんで穴開けたんだろう、事故で開いたにしてはきれいな穴だしなあ。
そんなことを考えながら通り過ぎようとしたOさんだったが、その直後に目を疑うようなものを見た。
工場の前に工員らしきツナギ姿の男が三人ほど立って話をしている様子だったが、その三人とも、顔の上半分に大きな穴が開いている。目の辺りから額の上辺りまでが全部穴だ。
そんな状態なのに普通に立って動いている。
その異様な光景に気を取られて、Oさんは危うく事故を起こしそうになった。
慌ててブレーキを踏み、ぎりぎりのところで電柱への衝突を避けたOさんだったが、安堵の息を吐きながら工場の方を振り返ってみてもう一度驚いた。
屋根の穴がきれいさっぱり塞がっている。
工場の前に立っている男たちもこちらを見ていたが、彼らも大きな穴などない普通の顔をしていた。
前に向き直りながら、Oさんの背中に嫌な汗が吹き出したという。
職場で同僚にその朝見たものを話そうともしたが、ありのままに話しても信じて貰えるとは思えなかったので、屋根の穴についてだけ何人かに聞いてみた。
同じ道を通勤に使っている同僚たちは、屋根の穴なんて気づかなかったと口を揃えた。


鉄工所はそれから半年ほどで閉鎖されたようで、以来ずっと閉まったままだという。
「閉鎖したのと穴が見えたのは関係あるかはわかりませんが……」そうOさんは語った。