赤いコート

小雨の降る冬の朝のことだったという。
Kさんが出勤のために駅で電車を待っていると、向かい側のホームの真っ赤な人が目についた。
目が覚めるように鮮やかな真紅のコートを着た若い女性で、電車を待つ人々の間をゆっくりと歩いている。
随分派手な色のコートだな、と思いながらなんとなく目で追っていると、やがてその女性は一人の男性に近づき、後ろから被さるように抱きついた。
朝っぱらからこんな人の多いところで何してるんだ? ……と呆れたものの、どうも少しおかしい。
抱きつかれた方のスーツ姿の男性は一向に気にした様子がない。抱きつかれていることに全く気付いていないようにも見える。
赤い女性はすぐに男性から離れると、その近くにいた中年の女性の肩にもたれかかった。
しかし中年女性も全く動じない。寄りかかられているにしては体勢も崩れない。
どうもおかしい。普通ではない。
更にその後も赤い女性は周囲の数人に対して抱きついたり顔を覗きこんだりしていたが、いずれも全く気にされているようには見えなかった。
まさか、あっちのホームの人にはあの女が見えてないのか……?
こんな朝っぱらから幽霊? あんなにはっきり見えるのに? まさか。
するとそこで目の前の線路に特急の列車が入ってきて、数秒間かけてそのまま駅を通過していった。
特急が去った後の向かい側のホームには、赤いコートの姿はすでになかった。
その後も同じ駅で何度かその女性を見たというが、季節によらずいつも赤いコートで、決まって向かい側のホームでしか姿を見ないらしい。
「でもそれって向かい側にしか現れないってことなのか、それとも同じホームにいる時は見ることができないのか、どっちなんでしょうね」
Kさんはそう話を締めくくった。