寝相

Tさんの三歳になる長男は妙に寝相が悪かった。
毎晩Tさんも一緒の布団で寝るのだが、朝起きた時に布団の中にいる方が珍しいくらいだった。
不思議なことに、Tさんと奥さんの間に長男を挟んで川の字で寝ていても、朝になるとTさんや奥さんを飛び越えたように布団の外に出てしまっている。
息子に尋ねても寝ている間のことはわからないという。
お腹を冷やして風邪をひいてしまってもいけないし、どう動いて布団から出て行ってしまうのかも気になる。
そこでTさんは寝る時に息子と自分の手首をタオルで軽く結びつけておくことにした。
息子が動けば、タオルが引っ張られてTさんも気がつくはずだと考えたのだ。
その夜、案の定Tさんは腕のタオルが引っ張られて目を覚ました。
隣を見ると、息子の頭はすでに枕の上にない。布団の中に潜ってしまっているようだ。
掛布団をめくると、更に腕のタオルが引っ張られた。
息子は膝から下をすでに布団からはみ出させながら寝息を立てている。
その体勢のままズルッと滑るようにまた少し布団から出て、腕のタオルがぐっと張った。
(どうやって動いてるんだ?)
寝息を立てている息子が自分で動いているようには見えない。どうも足の方に引っ張られているようだ。
だが、誰が引っ張っているというのか。
電灯はナツメ球を点けっぱなしにしている。ぼんやりと部屋の中が見渡せるが部屋の中に夫婦と息子以外の姿はない。奥さんは穏やかに寝息を立てている。
透明人間が息子の足を掴んで引っ張っているのか?まさか!
Tさんは混乱しながらも息子の脇の下を掴んで引っ張った。
何の抵抗もなく息子の体は布団へと戻ってきたが、その途端。


バンッ!


頭上で天井板が大きな音を立てた。
驚いたTさんが明かりを点けると、天井の端に大きな手形がひとつ、黒々と付いている。
濡れた手の平で天井板を叩いて手形が付いたようだったが、部屋の中にはTさんと奥さんと息子の三人しかいない。
一体誰の手形なんだ。
やっと目を覚ました奥さんも手形を見て「何あれ!?」と目を丸くしたが、Tさんもうまく説明はできない。
そんな騒ぎの間もずっと息子はすやすや眠ったままだった。
天井の手形は翌日にはすっかり乾いて無くなってしまい、その後は息子が布団から出て行ってしまうようなこともほとんどなくなったという。