普段と違う

学習塾に勤める人の話。
その日の最初の授業はMちゃんという小学生がひとりだけだった。
中学生は部活動が終わってから来るので、その前の時間帯は小学生だけということも多い。
生徒が小学生一人なので、職員も担当講師一人だけ。
普段は事務担当の職員が一人いるがその日はたまたま不在で、Mちゃんと二人きりで授業が始まった。
普段のMちゃんはおとなしく口数の少ない子なのだが、その日は何だか楽しそうな様子だった。
授業中もしきりに話を脱線させて、問題がなかなか進まない。
話しかけてくる内容も道端で猫が死んでいただとか、学校で飼っていた金魚が死んだとか、動物が死んだ話ばかりだ。
――Mちゃん普段と違うな、何だか興奮してるようにも見えるし、何かあったのかな?
そう訝しんでいるところに塾の電話が鳴ったので、Mちゃんとの話を中断して受話器を取った。
電話はMちゃんのお母さんからだった。
「すみません、今日はちょっと用事が入ってしまって送っていけなかったもので、授業の方お休みさせてください」
……?
Mちゃん、もう教室にいらしてますよ。
「え?うちの娘は家にいますけど?」
でもそこの席に……。


いない。


たった今までいたはずの席には誰もおらず、机の脇にぶら下がっていたはずのMちゃん愛用の手提げ袋もない。
すみません、私の勘違いでした。それでは今日の分の授業はまた後日ということで……。
混乱しながら電話を切った。
電話をしている隙にMちゃんがどこかに隠れたのかもしれない。
そう思ってまず靴箱を確認したが、Mちゃんの靴はどこにもない。大して広くもない塾の隅々まで探しても、誰もいなかった。
電話をしていたのはそう長い時間でもないし、誰かがドアを開け閉めする音も聞こえなかった。塾はビルの三階だから窓から出て行ったとも考えられない。
どこに消えたというのか。
お母さんの話ではMちゃんは家にいるという。
――じゃあさっきまで授業をやっていた相手は一体誰なの?


翌週の授業にやってきたのは、いつも通りのおとなしいMちゃんだった。