ハンバーグ

Fさんが小学五年生のときの話。
夕方学校から帰ってくるとお母さんが台所にいて食事の準備をしていた。
両親は共働きで普段はFさんが一番早く帰ってくることが多かったが、お母さんの言うことにはその日はたまたま早く帰れたのだという。
「今日のごはんは大好きなハンバーグだよ」
お母さんの言葉にFさんは大喜びし、食器を出して準備を手伝った。
やがて炊きたてのごはんとハンバーグ、サラダが食卓に並んだ。
「お父さんは今日は少し遅くなるって言ってたから、先に食べちゃおう」
お母さんがそう言うので早速お箸を手に取ったFさんだったが、そこで急に尿意を催した。
せっかくのハンバーグだから、おしっこを我慢しながら食べるのはもったいない。
先にスッキリしてこようと、トイレに行った。
すぐに用を足して出てきたFさんだったが、リビングに戻るとお母さんがいない。
それどころか、テーブルに並んでいた料理の皿も、箸もすっかり無くなっている。
おかしいな、と思って台所を覗いてみても誰もいない。
フライパンや菜箸を始め調理器具、食器は所定の位置に片付いており今しがた料理をした形跡さえ全くなかった。トイレに行っていた数分間に片付けられるとも思えない。
家中探してみてもお母さんの姿は無く、玄関から出て見回してみてもやはりどこにもいない。
先程食卓についたときのワクワクした気分はすっかり吹き飛んでしまって、急にやってきた理不尽な事態にFさんはうろたえるばかりだった。
一体これはどういうことだろうとリビングでテレビを見ながらじっとしていると、それから三十分程経ってからお母さんが玄関を開けて帰ってきた。
Fさんが先ほどのことを尋ねたところ、お母さんは怪訝な顔をした。
たった今仕事を終えて帰ってきた所で、ハンバーグなんて作っていないという。
じゃあさっきのお母さんとハンバーグは何だったんだ、とFさんはすっかり気味が悪くなった。


あれを一口でも食べていたらどうなっていたんだろう、と二十年近く経った今でも思い出すという。