Fさんが高校二年生の春にお祖母さんが亡くなった。
二年ほど前から骨の病気で寝たきりになっていたのだが、二ヶ月前からは病状が悪化して入院していた。最後の十日間くらいは意識もほとんど戻らず、家族の呼びかけにも時々寝言のような声をあげるばかりだった。
容態が悪化したという報せが病院から来た時には家族一同、ついにこの時が来てしまったか、と覚悟をしたという。
もう夜九時を回っていたというが、家族みんなですぐに病室に駆けつけ、ベッドに横たわり目を閉じたままのお祖母さんに声をかけた。
Fさんもお祖母さんの冷たい手を握りながら呼びかけたが、何の反応もない。
やがて、立ち会っていた医師がお祖母さんに繋げられていた機械から目を離し、腕時計を見ながらお祖母さんの死を告げた。
病室に入ってからずっと何の変化も感じられなかったので、亡くなったと言われてもFさんにはすぐには信じられなかった。しかし看護師がすぐに点滴や機械類をお祖母さんから外し始めたのを見て、ああ、本当に終わっちゃったんだ、と思ったという。
そして看護師がお祖母さんの腕を持ち上げたときのことである。
――あら?
看護師が不思議そうな声を出した。
声につられてそちらを見ると、お祖母さんの手のひらが真っ黒に汚れているではないか。
――何だこれ、煤か?真っ黒なお祖母さんの手を見ながらお父さんが言った。
いつの間にそんなものが付いたというのだろう。つい先程Fさんや両親が手を握ったときにはそんな汚れはなかった。
最後に手を握ったFさんの手も汚れていないし、部屋の中に汚れの元になりそうなものも見当たらない。
どこからそんなものが付いたのだろうか。
看護師がタオルを持ってきて拭いたところすぐに汚れは落ちたので、それをきっかけとして何となく家族は病室を出た。


みんな無口な帰りの車の中で、Fさんは先ほどの疑問を投げかけた。
「なんでお祖母さんの手、汚れてたんだろ?あれ何?」
すると病院を出てからずっと黙りこくっていたお父さんが言った。
「多分オヤジが来て手を握っていったんじゃないかな……」
オヤジというのはFさんのお祖父さんのことだ。
お祖父さんはFさんが生まれる前に亡くなっているが、死因は火事による焼死だったという。