山道

転勤で初めての土地に移り住んだ人の話。
引っ越しの直後、道を覚えようと近辺の地図を参照しながら車で隣町まで買い物に出かけた。
帰りは違う道を通ってみようかと地図を眺めていると、峠を越えるルートがあるようだった。
行きは山を迂回する大きな道を通ったが、直線距離で言えば山をひとつ抜けた方が近い。
多少の山道でも来た道を戻るよりは早く帰れるかもしれないと思い、そちらに行ってみることにした。
山とは言ってもそれほど高いものではないので急な勾配もなく、ゆるやかな上り下りの続く道で、曲がりくねってはいたが道幅もあり他の車もいないのでゆったり走れる。
今度から隣町に行くときはこっちの道を使えばいいかな、などと考えながら車を走らせていたが、進むにつれて不安を感じるようになった。
一向に山道を抜けないのだ。
地図で見ても一本道だし、山に入ってからは分かれ道もなかったので道を間違えたということは考えにくい。
初めて通る道だから長く感じるということはあるにしても、明らかに時間がかかりすぎている。
行きに山を迂回するルートを通った時と同じくらいの時間走り続けているのにまだ山を下りていないのだ。
これはどうにもおかしすぎる、と思いながらハンドルを握っていると、やがて視界が少し開けて左右に小さな集落が広がっているところに出た。
よかった、どこかの店か家で道を聞こう。
そう思って道沿いに最初に見えた家の前に車を停めた。
その家は農家らしく、畑の向こうに庭がありその奥に家が見える。畑の間を通っている砂利道を進んで庭に入り、誰かいませんかと声をかけた。
しかし返事はなく、誰も出てこない。
何度か声をかけたがやはり反応がないので留守なのかと思い、仕方なく来た砂利道を引き返した。
すると砂利道を半分くらい戻った所で、背後から砂利を踏む足音が聞こえた。
あれ、やっぱり誰かいたんじゃないか。
ほっとして振り向くと、そこにはよくわからないものがいた。
小学生の子どもくらいの胴体に、タライくらいの大きさの頭が乗っている。
被り物をしているのかとも思ったが、その巨大な顔面についたまん丸い目がしきりに瞬きしていた。
その大きい目の下には顔に比べて奇妙に小さい鼻と口が付いている。
頭には短い毛がまばらに生えていた。
えっ、なんだこれ。
あっけに取られていると、その人は大きな頭を重そうに左右に揺らしながらよたよたとこちらに向かって歩いてくる。
その様子がひどく不気味に思えて、一目散に車に戻ってすぐにエンジンをかけた。
走りながらバックミラーを見ると、背後の路上ではいつのまにかあの巨大な頭の人が三人に増えていた。他の家からも出てきたのだろうか。
とてもこんなところにはいたくないと、脇目もふらずに車を走らせ、その集落を抜けて再び山道に入った。
その後はほんの十分も走らないうちに坂を下り、見覚えのある町にたどり着くことができた。


後で職場や近所でその時の集落のことを色々な人に聞いてみたが、そもそもその山にそれほど長い道はなく、まとまった集落も存在していないということだった。
そう聞いても自分で再びあの道をたどる気にはとてもなれなかったが、しばらくしてから知人の車に同乗した時、その山を抜けることになった。
思わず背中に冷や汗をかいたが、その時はほんの十分ほどで山道を抜けてしまい、集落などどこにも見当たらなかったという。