麦藁帽子

海辺の町でのこと。
男子高校生が数人で素潜りして遊んでいたところ、そのうちの一人が海面に顔を出してから怪訝な顔をした。
仲間たちが理由を尋ねると、水の中で変なものを見たという。
何を見たんだ、と聞いたものの、うまく言えないと首を振る。
そこで、皆でその変なものとやらを見に行こうということになった。
その場所は岸から少し離れた五、六メートルほどの深さのところで、岩に起伏はあるものの日光が差し込んで見通しは悪くなかった。
案内した一人が指差す先は岩がちょうど窪みになっていて、盛り上がった岩の上から見下ろす形になった。
そしてその窪みの中には確かに変なものが見えた。
そこには腹の出た中年の男が一人いて、岩に腰掛けている。
男はランニングシャツと半ズボン、麦藁帽子という姿で、顔はよく見えなかったがじっと座ってタバコを吹かしているのがわかる。
それそのものは大して変わったものではない。
しかしそこは確かに水深五メートル以上の海中であり、そんな所で座ってタバコを吸う者がいるはずがない。
そもそも水中なのにもかかわらず、陸上と同じようにタバコに火が点いているのも、煙がゆらゆらと上がっているのもおかしい。
その上、不自然なことに男からは泡が全く上がっていない。タバコを吹かしているのに呼吸をしていないわけがない。
どう見てもまともな存在ではなかった。
高校生たちは息を止めたまま目を見合わせて、それから大急ぎで岸へと引き返した。
海から出るとそのまま仲間の一人の家へと走って戻り、たまたま居合わせた祖父に水中で見たものを話した。
ベテランの漁師である祖父は、そんなものは今まで見たことも聞いたこともねえな、と笑ったという。