いいもの

大学のキャンプ同好会での話。
Nさんを含むメンバー五人が夏休みの活動として栃木のキャンプ場へ行った。
カレーを作ってみんなで楽しく食事をとり、近くの温泉に出かけて入浴し、テントに戻って各々眠りについた。
夜中、Nさんは誰かに呼ばれたような気がして目を覚ました。
寝袋から見上げると、同じテントで寝ていたT君が傍にしゃがんでこちらを覗きこんでいる。
「なあ、いいものを見つけたんだ。一緒に来ないか」
T君のそんな言葉に、寝ぼけ眼のNさんはなんとなく頷いて一緒にテントを出た。
外はまだ暗く、携帯電話の明かりで足元を照らしながらNさんはT君の後に付いて行った。
T君の足取りは確かで、わずかな月明かりに照らされた中をずんずん歩いてキャンプ場の外れの藪の中へと入っていく。
なあ、そっちに何があるんだ?と尋ねてもT君はうん、うん、と曖昧に返事するばかりで要領を得ない。
何かおかしいな、とNさんが思い始めたところ、前を行くT君の姿が心なしか見えにくくなってきたように思えた。
いや、気のせいではなく実際にT君は闇の中でぼんやりと輪郭が曖昧になってきていた。
前を歩いているのはT君ではなく、全体的に灰色の、人の形をした煙の塊のようなものになってしまっている。
これは何かまずい、と思ったNさんは踵を返すとテントに向かって一目散に走り出した。
すると背後から一定の距離を保って、おーい、おーいと呼ぶ声がする。
もはやT君の声ではなかった。それが追いかけてくる。
必死に逃げたNさんがテントに飛び込むと、そこにはT君や他の仲間がぐっすり眠り込んでいた。
テントに入ってからは追ってくる気配も呼ぶ声もぱったりなくなったが、それでもNさんは朝まで震えが止まらず眠れなかったという。