タクシー

Fさんが休日に妻と外食をした帰り道のこと。
駅から自宅までの途中に大きなお寺があり、道に沿って長い土塀が続いている。
二人でそこを歩いていたところ、前方の土塀が途切れた角から一台のタクシーが出てきて、Fさんたちと同じ進行方向へと走り去った。
日が沈んでもう辺りはすっかり暗くなった頃だというのに、そのタクシーは無灯火だった。
危ないな、とFさんが呟くと、その脇で奥さんが首を捻っている。
「あそこ、道あったっけ?」
そう言われてFさんもはっとした。普段の記憶によれば、確かにそこは道などではない。
たった今タクシーが出てきたところまで早足で寄ってみると、やはりそうだ。
塀の切れ目では用水路と道が交差していて、路肩の下にドブ川が暗く通っているだけである。
タクシーどころか、自転車すら出て来ようがない。
ではさっきのタクシーは何だったのか。


後になってから、Fさんがそのお寺の住職にこのことを話したところ、それは狸にでも化かされましたかな、と笑われてしまったという。