座敷電車

東京で就職したMさんは、半年ぶりに帰省することにして、電車に乗った。
三回ほど乗り換えて四時間はかかる道のりだ。
郷里は人の少ない田舎なので、近づいてゆくうちに乗客もまばらになってくる。
しかし午後六時を過ぎた頃、二、三人くらいしか乗っていなかった車両に急に二十人くらいの団体が乗り込んできた。
その彼らの風体がまた変わっていて、みな派手な色使いの着物を着込んで顔には白粉を塗り、化粧をしている。
まるでチンドン屋大道芸人のようだった。
その一団はその車両には座らず、Mさんの脇を素通りして隣の車両へと入っていった。
すると電車が走り出して間もなく、隣の車両からは笑い声や歌が賑やかに聞こえてくる。
さっきの人たちだろうか。あんな格好をして、一体どういう人達だろうか。
気になったMさんが隣の車両との間のドアの窓をのぞき込むと、そこでは宴会が開かれていた。
隣の車両はなぜか一面が畳敷きの座敷になっていて、そこに先程の着物の人たちが各々陣取って、酒を酌み交わしながら笑ったり歌ったりしている。
そもそも隣の車両は座敷になどなっていなかったはずだ。Mさんが乗った時には確かに隣の車両も椅子が並ぶごく普通の客車だった。
宴会をしている一団も奇妙だが、急に座敷になった隣の車両の方はそれ以上に不思議だった。
隣の車両に踏み込む度胸もなく、そのまま見ていると電車がトンネルにさしかかった。
すると隣の車両は急に真っ暗になり、何も見えなくなってしまった。
こちらの車両は照明が点いていて明るいままなのに、隣の車両はすっかり暗闇になってしまっている。
どういうことだろう、と思っているとすぐに電車がトンネルを抜けて、隣の車両も明るくなった。
しかしそこからは座敷も着物の一団も消え失せていて、普通に椅子の並ぶ客車に誰もいない様子が見えるだけだった。
あっと驚いたMさんがドアを開いて隣の車両に踏み込むと、そこにはぷんと酒の匂いが漂っていたという。