金属バット

大学生のTさんの家に、母校の中学校から電話がかかってきた。
かけてきたのは三年生の時に担任だったFという先生で、彼は挨拶もそこそこにTさんにこう質問したという。
「T、今日はどこにいた?」
ずっと会っていなかった先生からいきなりそんなことを聞かれる意味がわからない。
その日は朝から大学に行って、夕方帰ってきたところだ。
そう答えると、F先生はこう聞き返してきた。
「今日は中学校には来てないよな?間違いないな?」
やはり質問の意図がわからない。
なぜそんなことを訊くんですか、と尋ねると、F先生は少し口ごもってからこんな話を始めた。


その日の午後の授業中のこと。
グラウンドの真ん中で、誰かが鈍く光る金属バットを振り回していた。
体育の授業もなく、生徒はみな教室で授業を受けている。
校外の不審者が侵入したのだとすると危険なことになるかもしれない。
今のところはただグラウンドで素振りをしているだけのようだが、これから校舎内に入り込んでくるようなことがあっては困る。
警察を呼ぶほどの事になるかどうかはまだ判断しきれなかったので、まずは戸締まりをした上で、男性教師が数人で様子を見に行くことになった。
不審者はまだ少年で、せいぜい中高生くらいの年頃に見えた。
近くに寄ってみても少年は気にしない様子で素振りを続けていたが、数人の教師は少年の顔に見覚えがあるように感じたのだという。
それがTさんだった。
中学生の時のTさんそっくり、というより本人としか思えない。
ワイシャツに黒ズボンというこれまた制服のような格好をしているのも、ますます中学生のときのTさんと同じだった。
先生たちが少年に声をかけると、Tさんの顔をした少年は無言のまま先生たちの方を見て、次の瞬間には脱兎のごとく駆けだした。
一瞬遅れて先生たちが追いかけたものの、ものすごい速さで校舎の裏に駆け込んだ少年は、そのままどこへ行ったかわからなくなったのだという。


その話をしてからF先生は重ねて念を押してきた。
「今日は本当に中学校には来てないんだな?」
そもそもTさんは大学に入ってから髪の毛を染めたし、中学校を卒業してから多少は背も伸びている。
もう中学生のときそのままの容姿ではない。
そう伝えるとF先生もそうか、そうだよな、と言って納得してくれた様子だった。
疑いは晴れたようだったが、中学生の時の自分が今もどこかをうろついているような気がして、Tさんはその後しばらく落ち着かなかったという。