ある土曜日の夕方のことだという。
学生のTさんがリビングで寛いでいると、社会人の姉が血相を変えて玄関に駆け込んできた。
力一杯ドアを閉め、慌てて鍵をかけるとその場にへたり込んで震えている。
驚いたTさんが顔を出すと、姉は彼女にしがみついて泣きだした。
そんな姉の姿を見るのはほとんど初めてと言ってよかったので、一体何があって姉がそんなに取り乱しているのか、Tさんには想像がつかない。
姉を宥めながらリビングに連れて行き、落ち着かせながら少しずつ話を聞いたところ、こういうことがあったという。


車で通勤している姉はその日もいつものように帰宅し、車を車庫に入れた。
すると、車から下りて鍵をかけたところで車の反対側に誰かがいることに気づいた。
車を入れている最中に車庫の中に誰かがいたはずはないので、車を駐めてから入ってきたのだろうか。
見覚えのない顔の男で、横顔をこちらに見せているのだが、車の向こうにいるから首から上しか見えない。
――不審者だ、警察を呼んだほうがいいか。
姉が身を固くしていると、男はくるりとこちらを向いた。
視線が合っても、男は不自然なくらい無表情だったという。
そして次の瞬間には、男の顔が急に近くなった。
車の屋根の上に、男の顔が乗っている。
首から下は、繋がっていなかった。
最初から無かったのかもしれない。
男の首は姉と視線を合わせたまま、酸素の足りない金魚のように口をパクパク開け閉めした。
その瞬間恐怖が限界に達した姉は、悲鳴を上げながら転がるように車庫を飛び出し、家に駆け込んだのだという。