二つの月

中学生のA君のお父さんは、狸に化かされたことがあるのだという。
お父さんが若い頃の話で、夕方に友人と歩いていると近くの木の上に月が出ている。
しかし、そちら側は北側なので月など出るはずがない。
反対側を見ると、南の空には本物らしき月がちゃんとある。
じゃあこっちの月は何なんだ、と友人と二人で石を投げてみたところ、偽物の月はひょいひょいと石を避けた。
軽やかに動くあたり、ますます月らしくない。
これはきっと狸かなんかではなかろうか、と思ったお父さんはもう一度月に投げると見せかけて、反対側にある藪の中に思いっきり石を叩き込んだ。
藪の中からはガサガサッと何かが逃げ出す音がして、それから見上げてみると北の空の月は消えていたのだという。


なんでそれが狸のせいだってわかるの?狸の姿を見たの?とA君が聞くと、お父さんは言った。
狸は見えなかったけど、この辺には狐はいないからな。そんなら狸だろう。