ウサギ

大学生のHさんが夏休みに帰省した時のこと。
中学校の同級生と連絡を取ったところ、一緒に飲みに行くことになった。
久しぶりに会ったので話に花が咲き、会計を済ませて居酒屋を出た時には夜の十時になっていた。
そのまま帰るには名残惜しかったので、遠回りしてゆっくり話しながら帰ることにした。
そちらの道には二人が一緒に通っていた小学校がある。
懐かしくなったHさんたちは、少し学校に入ってみようと思い付いた。
夜なので校門は当然閉められていたが、彼らが通っていた頃は裏の通用口は大抵施錠されていなかった。
裏に回るとその時も通用口はただ閂がかかっているだけで、簡単に空けることができた。
施錠してある校舎には入らなかったが、月明かりの中で懐かしの中庭や渡り廊下を散策しているだけでも楽しかった。
――あの頃は大きな学校だと思ってたけど、今になって見ると結構小さかったんだな。
思い出話に一層盛り上がりながら校舎の脇の通路を通り、校庭の方へ回った。
その小学校は校舎から校庭に向かって下り坂になっていて、少し長い階段がその間を繋いでいる。
階段の上から校庭を見下ろしてみると、やはり校庭も小学生の頃思っていたより狭く感じられた。
このくらいの広さしかなかったのか、と感慨深く見渡していると、ふと視界の端に動くものがある。
よく見てみると、校庭の隅に何か白っぽいものが跳ね回っている。
大きさといい、動き方といい、どうやらウサギのようだった。
野生のウサギなど近辺にいないから、飼育小屋から脱走したものだろうか。
もう少し近くに寄ってみよう、できれば捕まえて飼育小屋にもどしてやろうか、と思って二人で階段を下りていった。
こちらに気付いているのかいないのか、ウサギに逃げ出すような素振りはまだない。
びっくりさせて逃げられてはいけないので、Hさんたちはできるだけ音を立てないようにゆっくりと近づいていった。
あと十メートルくらいまで近づいて、暗い中でもようやくウサギの姿がはっきり見えてきた。
ウサギにしては耳が長くないようだった。
近くで見るとなんだか表面がつるりとしている。
あちらを向いていたウサギがこちらを振り向いて、Hさんたちと視線が合った。
ウサギではなかった。
人間の赤ん坊だ。
丸裸の赤ん坊が、ウサギのように跳ね回っていたのである。
赤ん坊はHさんたちを見ると、じりじりと四つん這いのままこちらに向かってきた。
Hさんたちは赤ん坊に背を向けて全力で逃げ出した。
ただの赤ん坊にしか見えなかったが、そんなものが夜の校庭で跳ね回っているのは無性に恐ろしかった。
全速力で校庭の端の金網をよじ登り、学校の外に出てからも家まで一度も止まらずに走り続けた。
気味が悪いので、それ以来Hさんはその小学校には一度も近づいていないという。