踏切ビデオ

Hさんは高校生の時に映画研究部に所属していた。
映研には何本ものビデオテープが代々受け継がれていたのだが、その中になるべく見ないようにすべしと言われている一本があった。
なぜ見ないほうがいいかというと、明らかにおかしいものが映ってしまっているからだという。
Hさんはこのテープを三度だけ観た。
映っている内容は、市内にある踏切を十分間ほど撮影しただけのもので、そのためにそのテープは「踏切ビデオ」と呼ばれていた。
先輩から聞かされたことによると、かつての部員が自主制作ビデオを作ろうとした時の素材の一部だという。
映像が始まって数分間は踏切を時々自動車が渡って行く様子だけが淡々と流れる。
その後、遮断機が下りていき、少し後で右側から電車がやってくる。
駅が近いからか、電車はあまり速度を上げていないので車内の様子が見てとれる。
奇妙なのは、後ろから二両目だった。
こちら側を向いて、車内に乗客が並んでいる。
学生や、スーツ姿の男性などの姿があるのがわかる。
ただし、なぜか彼らは天井からさかさまにぶら下がっていた。
まるで天井のほうが床で、そちらからまっすぐ立っているかのように見える。
電車は、さかさまの乗客を乗せたまま踏切を過ぎてゆく。
と、「踏切ビデオ」はこれだけの内容である。
これだけなら、過去の部員が作ったらしき映像作品とも考えられる。
どうやって撮ったかはわからないが、編集でどうとでもなるかもしれない。
だが「踏切ビデオ」の本当に奇妙なところは、見るたびに少しずつ内容が違っていることだった。
Hさんが二回目に観た時には、さかさまの乗客が乗っているのは先頭から三両目になっていた。
六両編成なので後ろからは四両目になる。
勘違いか、と思ってすぐにもう一度見直してみると、今度は先頭車両の乗客がさかさまになっていた。
編集では説明がつかない現象だった。
――もう観ないほうがいい。
そう思ったHさんだったが、処分してしまうのも勿体ない気がして、それ以来一度も再生することなく「踏切ビデオ」を後輩に引き継いだという。