県道

Sさんが住む街の外れを通る県道には、怪しいことが起こるという噂が以前からあった。
何の変哲もない山際の道路で、特にそこで事故や事件が起きたという事実もない。
だがその辺りを通ると、なぜか汗をびっしょりかいたり背筋に寒気を感じたりする人が多いのだという。
役所に勤めるSさんは部所替えで外回りの仕事が多くなった。
担当地区の都合で、例の県道をよく通る。
何かあるという噂は何となく聞いていたが、Sさん自身はそこを通っても特に変わった感覚を持ったことがないので、気にしていなかった。
春先のことだったという。
いつものように外回りをして、出先からそのまま帰宅する頃には六時を回っていた。
すっかり暗くなった中で車を走らせていると、やがて例の道路にやってきた。
特に気にせず走り過ぎようとしたところで、道端に誰かが立っているのが見えた。
暗くてよく見えないが、全身黒っぽい服装をしているようだ。
まるで忍者みたいだな、と思いながら車を走らせて、ほとんど通り過ぎる瞬間になってその姿がはっきり見えた。
黒い服ではなかった。
全身が真っ黒に焼けただれた様子で、ところどころピンク色に裂け目が覗いていたという。
顔がどちら側なのかもよくわからないような有様だった。
思わず急ブレーキを踏んだSさんだったが、恐る恐る戻ってみると先程の地点には誰の姿もないし、特に変わったところもない。
ただ先程は気にしていなかったが、そこは交差点になっていて、山の方へ細い坂道が分かれていた。
その先に何があるかを思い出した時、Sさんは背筋に氷を押し付けられたような気がしたのだという。


坂道のすぐ上は、火葬場だった。