Fさんが就職してすぐの頃に住んでいたアパートでの話。
部屋に訪ねてきた人がほぼ確実にしてくる質問があった。
「ようこって誰?」
なぜそんなことを聞いてくるのかと聞き返してみると、Fさんがそう呟いたのだという。
Fさん自身には「ようこ」という名前の知り合いはいないし、そんなことを呟いた覚えもない。
その質問をされるたびに「聞き間違えだろ」と返していたのだが、ついには当時付き合っていた女の子から「ようこって誰よ!」と詰め寄られるに及び、Fさんもとうとう落ち着いていられなくなった。
アパート以外ではそんな質問をされたことはなかったので、どうも部屋に原因があるように思える。
それで大掃除も兼ねて、部屋中を調べてみることにした。
本棚や冷蔵庫も動かして床から壁から隈なく探してみたものの、特におかしな所は見当たらない。
やや失望しながら、最後に浴室の掃除をしているときのことである。
天井のカビを取ろうと見上げて、天井の中央に蓋があることに気がついた。
普段はまったく意識していなかったが、この蓋を外せば天井裏が覗ける。
天井裏など入居してから一度も見ていないが、いかにも何かありそうではある。
早速踏み台に乗って天井裏を覗きこんでみると、なぜかそこには何十枚もの紙が一面に散らばっていた。
懐中電灯で照らしながら近くのものを手にとってみると、どれも皺の寄った藁半紙で、湿気のためかところどころカビが生えている。
皺を伸ばしながら紙を広げてみて、書かれていた文字を読んだFさんは思わず呻き声を上げた。
藁半紙には全て、中央にサインペンで「ようこ」とだけ書かれていたという。