ぴた、ぴた

ある夫婦が家を買った。
それまで住んでいた街からは鉄道で一時間くらい離れたところにある、郊外の一軒家である。
築十年くらいの庭付き平屋だったが、少し間取りが変わっていた。
廊下が家の四方をぐるりと囲んでいるのである。
各部屋が家の中心に集まっていて、その周囲を廊下が取り巻いている。
特別大きな家でもないのに、こういう造りにしてあるのは珍しい。廊下が多い分だけ部屋が狭くなるからだ。
とはいえ、念願の一軒家である。間取りが少しくらい変でも大した問題ではない。
どうしても気になるならそのうち改築すればいい。
そう思って、夫婦でさっそく引っ越した。
しばらくは大喜びで過ごしていた。
しかし、一ヶ月くらい経ってくると何となく落ち着かなくなってきた。
大通りから離れた場所で、車の通りも少ない。
今まで住んでいたアパートよりかなり静かな環境なので、まだ慣れないのだろうと考えた。
だが何となく気になり始めると、家の周りで色々なものが目に付き始める。
妙に家の周りで虫や鳥の死骸が多いような気がしたり、窓が妙に汚れやすいような気がしたりした。
どれも気のせいと言えばそれまでの些細なことではある。
しかし得体の知れない居心地の悪さを毎日感じ続けたせいなのか、夫婦仲もだんだん険悪になっていった。
そんなある日、夫が仕事の出張で外泊した。
流石に一人では心細いので、妻は友人の女性二人を呼んで一晩泊まってもらうことにした。
その夜は三人でビールを飲み、料理をつつきながら会話に花を咲かせ、すっかりいい気分になって床に就いた。
数時間経った頃、妻がふと目を覚ました。
ぴた、ぴた、ぴた。
寝室の前の廊下を、誰かが歩いている足音が聞こえた。
客間に寝ている友人がトイレにでも起きたのかな、と思ったがどうも違う。
ぴた、ぴた、ぴた、ぴた。
足音は寝室の前をずっと往復している。
どうもおかしい。不気味に思った妻は、明り取りの窓から廊下を覗いてみた。
ひじから先だけの白い腕が二本、暗い中で動き回っていたという。
聞こえていたのは足音ではなく、その手のひらが床を交互に叩く音だった。
ぴた、ぴた、ぴた。


翌日帰ってきた夫に、妻は家を売るよう話した。
当然夫は反対したが、こんな家にこれ以上住むなら離婚する、という妻の強硬な主張により結局賛成するしかなかったという。