窓の外

Yさんが転勤になり、引越しのために荷物をまとめていたときのこと。
収納の奥に、しばらく前から見当たらなくなっていたアルバムを見付けた。
学生時代の写真を収めていた一冊である。懐かしさのあまり、ついつい手を休めて見入ってしまった。
その内の一枚に、見覚えのないものがあった。
学生時代のYさんが、見知らぬおじさんと一緒に写っている。
写真の中ではYさんと親しそうに並んでこっちを見ているおじさんだが、どうしてもその顔に見覚えが無いのである。
夜に撮った写真なのか、背景は暗くて場所がどこであるかはわからない。
こうして写真に残っているくらいだから知っている人のはずだが、どこで会った人なのかさっぱり見当が付かなかった。
首を捻りながら写真を眺めていると、不意に背後から音がした。


コツコツコツ。


誰かが指先で窓ガラスを叩いているような音。
はっとして窓を振り向いたYさんだったが、そこには誰の姿もない。
風で飛ばされてきたゴミかなにかが窓に当たったのだろうか。
窓辺の様子を確かめようと腰を上げようとしたが、なぜか立てない。
腰から下に力が入らないのだ。
しばらく座っていたために痺れたのかと思ったが、そんな感覚もない。
ただ、腰から下が床に吸い付けられたかのように持ち上がらなかったのだという。
なんだこれ!?どういうこと!?
パニックになりかけたYさんの背後で、また音がした。


コツコツコツ。


反射的に振り向いたYさんと、窓の外にいる男の目が合った。
いつのまにか窓の外に人が立っていたのだ。
誰だ、と言おうとしてYさんはすぐにそれが誰なのか気が付いた。
先程見た写真に、Yさんと一緒に写っていたあのおじさん。
同じ顔がそこにあった。


窓の外のおじさんはYさんと目が合うと、霧のようにだんだん薄く透けていった。
おじさんがすっかり見えなくなってから、Yさんの足は元通り動くようになった。
慌てて窓際に寄って外を見回したが、特におかしいものも見えない。
何だったんだ今の、と何気なくアルバムに目を落としてまた驚いた。
先程の写真からあのおじさんの姿がすっかり消えていて、Yさん一人だけが写っていたのである。
おじさんが写っていた場所には背景が見えていて、まるで最初からそこに誰も写っていなかったかのようだった。
もしや違うページだったかと思い探してみたが、どこにもあのおじさんが写った写真などない。
やはり先程の写真から、あのおじさん一人が消えてしまったとしか思えなかった。


今でもYさんはその写真を持っているが、おじさんはずっと消えたままだという。