父、帰る

Hさんが中学二年生のとき、父親が失踪した。
職場にはなぜか辞表を提出しており、誰も行き先に心当たりがなかった。
捜索願が出されたものの、結局一年経っても見つからない。
仕方なくHさん一家は住んでいた家を引き払い、母親の実家に身を寄せることになった。


そうして更に二年ほど経った頃である。
ある時、父が家の中に現れた。
Hさんが学校から帰ったとき、廊下の奥に男がひとり立っていたという。
紛れもなく父の姿だった。
お父さん!
そう声を上げると、父の姿は微動だにしないまま、ふっと薄くなってかき消えたという。
――あ、お父さん、もう生きてないんだ。
そう直感したという。
もう悲しいと思うような時期も過ぎていたようで、Hさんは自分でも驚くほど淡々とそれを受け入れた。
父はその後、何度も現れた。
Hさんだけでなく、妹も母親も見たという。いずれも前触れなく庭先や台所に立っていて、すぐに消えたらしい。
そんなことが何度かあって、ふた月ほど経った頃である。父の姿に変化が出てきた。
だんだん色が薄くなり、黒っぽくなっていったのである。
さらにひと月くらい経つ頃には、父の姿はほとんど真っ黒になって、もう誰なのか識別できないくらいだったらしい。
それからだんだん現れる頻度も減っていって、半年も経つ頃にはすっかり姿を見ることが無くなってしまったという。
「あるいは、見えなくなっただけでまだその辺にいるかもしれませんが……」
Hさんは少し笑ってそう語った。