なあ、ちょっと

Dさんが出張先の長崎でビジネスホテルに泊まった夜のこと。
早めにベッドに入って、ぐっすり寝ているところを誰かに揺り動かされた。
何事かと思って目を覚ましたDさんに、その誰かが話しかけてくる。
「なあ、ちょっと」
部屋の明かりは寝る時に消したので部屋の中は真っ暗。
しかし、ベッドの脇に男が立っているのがはっきり見える。
えっ、誰だ!?強盗!?
飛び起きようとしたDさんだったが、体は思うように動かない。
男は俯きがちにDさんに言った。
「なあ、目が開かんのやけど、どうしたらいいん?」
Dさんが目を凝らすと、確かに男は目を閉じているようで、目尻にぎゅっと皺が寄っているのが見えた。
よく見てみれば、男の首から下は人の形をしてはいるものの、塗りつぶしたように真っ黒で立体感がない。
暗い部屋だというのに、その真っ黒な体が浮き上がるようにはっきり見えている。
(うわっ、こいつこの世のモンやない!)
そう直感したDさんは、乾いた喉に何とか唾を飲み下して言った。
「目が開かんのなら、顔洗ったら?」
それを聞いた男は、そうか、と呟いてDさんに背を向けた。
そしてそのままふっと見えなくなったと思うと、バスルームの方から水を流すような音がした。
あ、今顔洗ってるのか?
そう思ったのを最後に、Dさんは意識を失って、気がついた時には朝だった。
昨夜のことは夢だったのかな、と思いながら顔を洗いにバスルームに入ると、洗面台の蛇口から水が出しっぱなしになっている。
やっぱり夢じゃなかったのか!
そう思うと、何だか急に腹が立ったのだという。


水くらい止めていけよ!