入り江

Uさんが大学生の時の話。
真夏にサークルの仲間四人で隣の県の海に遊びに行った。
海水浴場でひとしきり遊んで、やがて日も暮れてきた。
懐に余裕もなく、宿をとる気はなかった。車で来ていたので、車中泊をするつもりだった。
適当に食事を済ませて海岸沿いに移動していると、車を停めておくのに丁度よさそうな場所を見つけた。
そこは入り江になっている小さな砂浜で、近くの民家や商店からも死角になっている。漁具なども置いていないようで、一晩そこで過ごしても誰かに咎められるようなことはなさそうに思えた。
遊び疲れていたせいもあって、暗くなると早々にみな車の中で寝てしまったが、Uさんは暑さのせいでなかなか寝付けない。
そこでUさんは砂浜で寝るのはどうかと思いついた。
よく晴れていて雨も降りそうにないし、入り江のせいか風も穏やかである。寝るのには都合がよさそうに思えた。
車を出て砂浜に寝転がってみると案の定心地良かったので、Uさんはそのまま寝入ってしまった。


どれだけ時間が経った頃か、Uさんは肩の辺りを小突かれて目が覚めた。
何事かと思って眼を開けると、暗い中に人の足が見えた。一人ではない。
靴を履いた足が、何本もUさんの周りに立っている。月明かりでぼんやりとしか見えないが、どうやら取り囲まれているらしかった。
一瞬で眠気が飛んだ。
もしかすると、この入り江は近辺の不良の溜まり場ででもあったのか。難癖付けられでもしたらたまったものではない。
Uさんは身を硬くしたが、しかし人影の様子がおかしい。Uさんを取り囲んで立っているだけで動きも喋りもしない。
Uさん自身の様子もおかしかった。声が出ない。体が言うことをきかない。手足が妙に重く、身動きができないのである。
声が出ないのはともかく、動けない理由はすぐにわかった。手足が砂に埋まっているのだ。寝ているあいだにそんなことになっていたらしい。取り囲んでいる人影にやられたのか。やはりいたぶられているのだろうか。
一緒に来た友人達はどうなっているのか、という考えが頭を過ぎった。
長いあいだじっとしていたような気もしたが、せいぜい二、三分くらい経った後だろうか、周りの気配が動いた。
するとUさんの脚に鈍い衝撃が走った。埋まっている砂の上から、棒か何かで突っつかれているらしい。
それから腕や脚を無言で何度も突かれた。不思議なことに、埋まっている砂の上からしか突いてこない。Uさんのみぞおちから上は砂に埋まってはいなかったが、そこにはまったく狙いをつけてこなかった。
直接突っつかれている訳ではないにしろ、やはり気分が悪い。体が自由にならないことの不安と得体の知れない状況への恐怖から、Uさんはほとんどパニック状態になり、やがて気を失った。


目を覚ますと明るくなっていて、Uさんは元通り車のすぐ近くの砂の上に寝転んでいた。
夢かと思って周りを見回すと、夢ではなかった印に周囲にいくつもの足跡が散らばっている。Uさん自身も砂まみれだった。
しかし怪我されられたわけでもないし、結局なんだったのかがわからない。
釈然としないまま足跡を辿ったUさんはあることに気が付いて、背筋が冷たくなった。
何筋も残された足跡は、道路の方ではなく、海から来て海へ戻っていたという。