千の風になるためには風葬に限る百六日目


盆に帰省した私を、兄が車で迎えに来た。その隣に兄嫁の姿を見つけて、思わず身を硬くする。
正直、兄嫁は苦手だった。
彼女は私の高校時代の二年上の先輩で、同じ部活に所属していた。華やかな容貌ではないけれど、柔らかい雰囲気の女性だった。
入部当初から、彼女はあれこれ世話を焼いてくれた。それは私だけのことではなくて、他の部員皆に対してそうだった。要するに、世話好きな女性だったのだ。
他の部員達からは随分信頼されていたが、私はそうではなかった。こちらの気持には頓着せず、ずかずかと他人の領域に踏み込んでくる。誰にも言わなかったが、そんな所が苦手だった。
彼女が傍にいると、何となく落ち着かない気分になった。居心地が悪いという訳ではないが、据わりの悪い心地がしてならなかった。
何でそこまで彼女に反応してしまうのか――それすらよく判らなかった。
だから、一年経って先輩が卒業した時には、密かに安心したことを良く覚えている。


次に彼女に会ったのは三年ほど後、兄から紹介された時だった。どこで知り合ったものか、先輩は兄の交際相手として現れたのだ。
先輩は私の顔を見て意外そうな顔をしたが、どこまで本気だったかは判らない。
私の姓はそれほどありふれたものではない。兄の姓から、私との繋がりを薄々感づいていたとしても不思議はなかった。
私は恐らく、その時とても変な顔をしたに違いない。かなり混乱した事は確かだったが、実際何が衝撃だったのかはよく判らなかった。
判らないことにしておきたかったのかもしれない。
やがて大学を卒業した私は家を出た。
兄は彼女と結婚した。あまり感情を表に出さない性質の兄だが、彼女を愛していた事は確かなのだろう。
後になって結婚式の写真を兄がじっと眺めていたのを、私は知っている。


実家への道中、兄は相変わらず無口だった。黙って煙を吹かしている。無精髭が疎らに浮いた横顔。以前より煙草の量が増えたようだ。私も特に話す事が思いつかないので黙っていた。
実家へ着くと、母は台所で右往左往していた。私以外にも、これから親戚が線香を上げに来るらしい。
父は居間で黙って新聞を読んでいる。
兄は縁側の方でまた煙草を吸い始めた。兄嫁は兄の傍に座ってニコニコしている。
その姿を横目で見ながら荷物を下ろすと、仏間へ向かった。位牌を並べた祭壇に向かって座る。
線香を立てて、義姉の遺影に手を合わせた。
初めて会った時と同じような、柔らかく微笑む写真。
文句の一つも言いたくなった。


――人の気も知らないで。やっと気持の整理がついた所だったのに。
――あんな事故で。兄貴、まだ立ち直れてないじゃないか。


縁側を振り返ると義姉の姿は陽炎のように揺れていた。