夏も近づくどころではない八十八日目


Tさんが大学を卒業して、四年間住んだアパートを引き払うことになった。
引越しの作業をして、一番大物であるベッドを退かした時のこと。
踏み出した足の裏に何かが刺さった感覚がして、痛みのあまり飛び上がってしまったという。
何か尖った物でも踏んでしまったか、と床をよく見ると釘が生えている。
釘は太さが6、7mm位はあるもので、床に垂直に刺さっていた。
全体の長さは抜いてみないと判らないが、床の上に3cm位は飛び出している。
これを踏んでしまったものらしいが、Tさんにはそんな釘など見覚えが無かった。
それもそのはずで、釘が刺さっているのは今までベッドを置いていた場所なのである。
四年間ずっとベッドは同じ場所に置いていたので、気付かなかったのも無理からぬことではある。
Tさんは首を傾げた。
――こんなもの、いつからあった?
勿論Tさん自身はそんな所に釘など打っていない。そもそも床に釘など打つ意味がない。
この部屋に引っ越してきた時にはそんな釘など無かった。
あればすぐに気付いたはずで、少なくともベッドをそこに置くまでは無かったことは確かだった。
では誰が、いつ、釘など打ったのか。
友人が来た時に悪戯か何かでやったのか。
しかし釘を打つには大きな音がするはずで、音がしたならTさんが気付いたはずだ。
Tさんがいない時に友人を部屋に上げたことなどなかった。ならば友人が打ったとは考えにくい。
出かけている間に部屋に誰かが入り込み、釘を打ったというのだろうか。
そうだとすると、余りに目的がわからない。
ぞっとしたTさんだったが、もう引っ越すので深く考えるのはやめた。
とりあえず抜いてみると釘は10cmほどの長さだったという。


敷金は床板張替えのために戻ってこなかった。
大家からは釘をTさんが打ったものだと疑われてしまったという。