平面顔

よく晴れた日の、真っ赤な夕焼けの時刻だったという。
高校生だったUさんが学校から帰宅すると、玄関は施錠されていて家族は誰もいなかった。階段を上がって自室に戻ろうとしたのだが、ドアノブに手を掛けた時に何やら違和感を感じたという。息を潜めて様子を伺うと、確かに感じる。ドアの向こうから何かの物音がするのだ。
空き巣だろうか。そう思ったUさんは何とか部屋の中の様子を伺おうと、可能な限り音を立てずにドアを開いていった。ほんのわずか開いたドアから部屋の中を覗きこんだUさんだったが、部屋の中には特に人影はない。死角になっている場所に何かあるかと思い、ドアをもう少し開くと、Uさんの視界に妙なものが入った。
夕焼けの赤い色を透かした窓の半分が、何かで遮られている。カーテンは開いている。カーテンでなければ何なのか。
窓ガラスを覆っているのは、巨大な人の顔だった。色黒の、見覚えのない中年の男の顔である。目は閉じている。窓ガラス一枚をぴったり覆うほどの大きさなので、一メートル以上はあったという。そんな顔が窓を覆っているのだが、厚みは感じられず、妙に薄っぺらな印象だった。それでUさんはそれをポスターか何かだと思ったという。
もっとこの顔をよく見てみようと思ったUさんはドアを半開にした。すると、窓の顔は目をカッと見開いた。視線が合って、Uさんは思わず動きを止めた。
(ポスターじゃなかった!)
Uさんがそう思った瞬間、巨大な顔の方も大層驚いた表情を見せ、次の瞬間には下のほうからくるくると巻き上がっていった。やはり薄っぺらだったと思ったのは後のことで、その時は呆気にとられただけだった。一拍置いてから駆け寄り、窓を開けて外を見上げた時には、妙なものは既にどこにも見あたらなかった。
いささか放心状態のまま、夕焼けの景色をぼんやり眺めていると、階下から母親の声がした。
「あんた、帰ってたら声くらいかけなさいよ」
「あれ、いつ帰ってきたの?」Uさんがそう聞くと、
「何言ってんの、帰ってきたのはあんたの方じゃないの」という答えが返ってきた。
話によると、母親はずっと家にいたという。しかし、Uさんが帰ってきたときには確かに玄関も施錠されていたし、家の中も静まり返っていた。辻褄が合わない。
Uさんには、巨大な顔のことよりこちらの方が薄気味悪かったという。