Uさんの妹さんは幼い頃から先天的な疾患で入退院を繰り返していたが、Uさんが中学校に入った年の秋に亡くなった。
Uさんはその頃チビという虎猫を飼っていた。自宅で行われた葬儀の際に、遺体に猫を近づけるのはよくないということでチビはUさんの部屋に入れておくことになった。
参列客が続々と集まってきて、機械的に頭を下げるのにも疲れてきたUさんは自室に戻って休憩しようとしたが、ドアの前でふと動きを止めた。
部屋の中からぶつぶつと声が聞こえるのだ。当時Uさんの部屋にはテレビもラジオも置いていなかった。中にいるのはチビだけのはずだが、ドア越しに聞こえてくるのは猫の鳴き声ではなく人の呟き声である。
扉にそっと耳をつけて聞き耳を立てると、聞こえてきたのは「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と繰り返す男の声だった。しかし鼻声というか、少し舌っ足らずな感じがしたという。
葬式に念仏は相応だが、それが自分の部屋から聞こえてくるのはおかしい。もしや参列客の誰かが勝手に入り込んでいるのではないか。
そう思ったUさんは、熱心に念仏を唱えている人物の正体を見極めてやろうと、息を殺してドアを細く開けた。その隙間から部屋の中を覗いたUさんだったが、思わず眼を疑ってしまった。
部屋の中にいたのは、Uさんの勉強机の上にちょこんと座り、葬儀の行われている仏間の方を向いて、うんうんと頷きながら男の声で念仏を唱えるチビだったのである。
Uさんは何だか見てはいけないものを見てしまったような気がしてそのまま静かにドアを閉めると、参列客の応対に戻った。チビが言葉を話すのを見たのはその時限りだったという。