赤い人

Uさんによると、彼の故郷には「赤い人」が出るという話で、その近辺では有名らしい。
なぜか姿はその都度違っているらしく、目撃談によって特徴がバラバラなのだが、とにかく肌の部分が真っ赤で、ひと目でそれと判るらしい。


Uさんが見たのは春先だったという。
高校生だったUさんは、部活動でいささか帰りが遅くなった。たまたまその日は同じ方向に帰る友達もいなかったので、一人でひと気のない住宅地を歩いていた。薄暗かったが、毎日通っている道でもあり、盛り場からかなり離れている所でもあるから、別段不安は感じていなかった。
すると、いつからか前方を歩いている人がいるのに気が付いた。後頭部でまとめた黒髪、女物らしいベージュのコート。後姿ながらも女性だと判別できた。
Uさんは、何だか派手な人だな、と思ったという。というのも、コートの下から覗いているふくらはぎが真っ赤なのだ。Uさんはそれを、赤いストッキングか何かを穿いているのだな、と思った。
その女性はあまり早足では歩いていなかったが、Uさんの方も部活動で疲れているし、わざわざ早足で追い抜くこともない、とそのままゆっくり後を歩いていた。そのうちに、枝道に差し掛かった。Uさんの家へはここで右折する。前方の女性がそのまままっすぐ歩いてゆくのを眼の端で見ながら、Uさんは角を曲がった。
そこでUさんは思わず立ち止まってしまったという。なぜなら、たったいま道が分かれたはずのコートの女性が、目の前を歩いているからである。見間違えではなかった。同じコートに、真っ赤なストッキング。別人とは思えない。しかし先程別の方向に歩いていったのも確かに見た。
さっぱり訳がわからないが、不気味なので戻って別の方向に進んでいった女性を確かめることもしたくなかった。今度は意識的に女性に追いつかないよう、気を付けてゆっくり歩きだした。しかし、後姿を見ている限りは特に変わったところもないようだ。歩いているうちに、やはりさっき女性がまっすぐ歩いていったのが思い違いだったのではないか、女性は初めから右折していたのではないか、という気になってきた。
そのまま進むと今度は左折するポイントにさしかかった。女性はまっすぐ歩いてゆく。今度こそ女性と道が分かれるな、と思いながらUさんは左折して、今度こそ腰を抜かしそうになった。
やはり、いるのである。たった今見送ったばかりの後姿が、平然と目の前を歩いている。しかも今度はさっきより近づいている。近づいて気が付いたが、この女性、赤いのはふくらはぎだけではなかった。袖から出ている手も、襟から覗く首筋も、茹でた海老のように真っ赤なのだ。薄暗い中でもそれがはっきりわかる。
やはり、これはおかしい。どうかしている、と思った。この分では、このまま家に着くまであの女性が前を歩き続けるような気がする。家の外までならまだいいが、家にまで入ってこられたら。
そう考えると、このまままっすぐ帰宅するわけにはいかなかった。Uさんはすぐに踵をかえすと、来た道を逆に辿って学校へ一旦戻り、最寄の友達の家に転がり込んだ。そのまま頼み込んで一晩泊めてもらい、ようやく明るくなってきた頃帰宅した。今度はあの女性には会わなかったという。


近辺に「赤い人」が出る、とUさんが聞いたのはそれから間もなくのことだ。その時、この話がすぐに思い浮かんだという。