百/ 定期演奏会 その四

この定期演奏会に関する一連の話は、私が高校生の時にSさんから聞いたものである。私自身、Sさんが所属していた吹奏楽部の十期ほど後の部員で、私が高校生だった当時SさんはOBとしてよく現役の活動をサポートしてくれていた。この話を聞かされたのは、私が高校三年のときの定期演奏会終了後、同期の部員数人でSさんの家に遊びに行ったときのことだった。


「それで、それからはそういった話はなかったんですか? 」そう聞くと、Sさんは首を振った。
「何でか、そういう変なことが起きたのはその年限りだったなあ。あれより前もそんな話は聞かなかったし、卒業してから何度も手伝いに行ったけど、やっぱりあんなようなことが起きたって話は一度もなかったなあ。……でさ、その時の本番の録音があるんだけども聴いてみる? 」
そう言うとSさんは押入れから二本のカセットテープを持ち出してきた。当時のOBが録音して、何本かダビングしてくれたらしい。
「テープだから何回もダビングすると音が悪くなるんで、部員全員分ってわけにはいかなかったんだけど、俺は副部長だったから、役得で貰えたんだよね」そう言いながらSさんはそのうち一本をデッキで再生した。
十年前のカセットテープという事でノイズも随分入っていたものの、曲は問題なく聞きとれた。途中何度か早送りしながらそれから三十分ほど雑談交じりに聴いていたが、ある所でSさんがデッキを指差しながら言った。
「で、ここからちょっとよく聴いてみて欲しいんだけど」
つい先年亡くなった、アメリカの作曲家の曲だった。
しかし様子がおかしい。急にざわついたような雑音が混じり始めて、曲がはっきり聞こえない。マイクの近くで何人かがごそごそ動き回っているような音と、何やら会話している声だった。声の方は明瞭ではなく「……でさ」とか「……ですよ」などと言葉尻だけが聞こえる。
「何ですかこれ」思わずそう聞いたが、Sさんは口元に人差し指を立てて黙って聴くよう促した。
するとその雑音もすぐに治まって、また演奏がよく聞こえるようになった。だがそこで再び私たちは首を捻った。
演奏にピアノの音が加わっているのである。主旋律とハーモニーを弾いているようだった。
同じ曲を私たちも演奏したことがあったが、楽器編成にピアノなどない。ならばわざわざ加えたのだろうか。しかしそれほど効果のある演出とも思えなかった。
「変わった編成ですね」そう言うと、Sさんは首を振った。
「あのとき舞台にピアノなんてなかったんだ」
「え? だってこれ」
ピアノの音は曲の最後までずっと鳴っていたが、次の曲からはなくなっていた。皆無言のうちにそのテープを聴き終わってから、Sさんが言った。
「あとさ、これを録ったマイクな、舞台の演奏者の間に立ててあったんだ。だから演奏中にあんな雑音、近くでするはずなかったんだ。パーカッションが楽器持ち替えの時に動いても、あんなにざわつかないよ」
「……ダビングする時に違う音源が混ざっちゃったとか、二重に録ったとか」誰かがそう言った。
「……そうかもな」
Sさんも浮かない顔で答えたが、少しもそうは思っていない調子だった。おそらく、それはその場の誰もが同じだったのではないだろうか。