九十八/ 定期演奏会 その二

リハーサル中もおかしなことがあったという。
曲の通しの間、指揮者が怪訝そうな顔をしている。しかし演奏については特に口出しをしない。ならば音以外のことについて何か気がかりなのだろうか。
Sさんはそれがずっと気になっていたが、とりあえずそのままリハーサルを進行して、休憩時間になってから聞いてみた。すると、指揮者の生徒は首を傾げてこう言う。
「いや、曲の間だけなんだけどさ、ずっとお寺って言うか、線香みたいな匂いがするんだよね。でも曲が終わるとふっとしなくなんの。だから気のせいかと思って次の曲に入ると、また同じ匂いがしてくるんだよね。何だったのかな、あれ」
すると近くで聞いていた別の部員が言った。
「あ、私もそれ匂ってた」
次いで他にも数人、同じ匂いを感じていたという部員が見つかった。やはり曲が鳴っている間だけのことで、今はまったくその匂いはしないという。
しばし舞台袖は騒然となったが、その日の音出し練習はもう終わりだったので、それ以降その匂いを嗅ぐ者は出なかった。Sさんは別段そんな匂いは感じなかったので、何のことやらさっぱりわからなかったという。


翌日の本番では、誰もそんな匂いを感じなかった。