八十/ 雑巾がけ

Sさんは、中学生の頃わけあって親戚のお寺に預けられていた。近隣でも大きいほうのお寺で、本堂を半周する長い廊下があった。この廊下が、なにやら陰気な感じがしてどうにも好きになれなかったらしい。
ある晩遅くのこと。Sさんはトイレに行きたくて目を覚ました。トイレは別棟にある。
外に出ると、本堂にぼんやり明かりがついているのがわかった。
(こんな遅くに? )
Sさんは怪訝に思ったが、そのまま通り過ぎて用を足して戻ってきた。するともう本堂の明かりは消えている。何だったのだろうと気になりながら戻ろうとすると、本堂の廊下に何かが見えた。
人のようだが、形がおかしい。ぱっと見て、首がないと思った。しかしよく見ると、体に比べて随分小さい、大きめの林檎ほどの大きさの白い頭が両肩の間に見える。
それが、本堂の廊下を雑巾がけしているのである。しかも往復するのではなく、一方向にしか行かない。右から左にどっどっどっ、とかけて行ったかと思うと左端でふっと消える。するとすぐにまた右からどっどっどっ、と足音が響く。消える。
数分間呆気に取られて見ていたSさんだったが、我に返ると急に怖くなって急いで部屋に戻り、頭から布団を被って震えながら朝を待った。
昼頃になってから件の廊下を見に行ってみたが、別段綺麗にはなっていなかったという。