七十九/ 桜

外を歩いていたEさんは何故かその日に限って、すれ違う人からの視線を感じた。
気のせいかとも思ったが、やはり皆自分のことをちらちら不思議そうに、あるいは珍しそうに見ていく。
何だろうと思ったEさんは、通りに面したビルのガラス窓に映った自分の姿を見てみた。するとそこには、自分の背中から突き立った一本の木の枝があった。それも満開の花をつけた、桜の枝である。
「えっ……!?」
そんなものを付けた覚えはもちろんない。慌てて首を後ろに巡らし、両手で背中を探ってみるが、何も見えないし、触れない。あらためてガラスを見てみれば、桜などどこにもなかった。
ただ、道路にはEさんの歩いたあとに白い花びらが点々と続いていたという。


真冬の話である。