七十五/ 天井の星

Uさんが旅行で、和歌山の山奥にある旅館に一泊した時のこと。
夜中にハッと目が覚めたそのとき、ここは外なのだろうか、と思った。
仰向けに見上げた先は皓々ときらめく満天の星空なのだ。
しかし、体はちゃんと布団の中にある。寝ぼけたか何かで外に出てしまうことがあったとしても、布団ごと外に出るはずがない。
どういうことかと思って左右を見回せば、ちゃんと襖もある。どうやら元いた部屋の中には違いないらしい。天井だけが、何故か星空になってしまっている。上体を起こして上をよく見てみるが、どう見ても星空にしか見えない。月のない夜空に星がたくさん瞬いているのだ。不思議ではあったものの、恐怖はなかった。
訳がわからないながら数分間ぼんやり見ていると、急にふっと星空と自分が遠ざかるような感覚に襲われた。あれっ? と思ってよく見れば、遠ざかっているのではなく、星空が縮んでいるのだとわかった。天井の中心に向けて、どんどん星々が集まっている。
あれよあれよという間に星が集中して、一つの点になったそれは部屋の灯りの、オレンジ色の小さな電球だった。あっと驚いた瞬間、さっとカーテン越しに光が差し込んできた。朝だった。
あらためて見上げてみても、天井は寝る前に見たのと同じ、ただの木の板と蛍光灯があるばかりである。


昨夜のあれは結局夢か寝ぼけてたかなんだろうか、と思いながら朝食をとっていると、それを見た仲居さんが笑いながら言った。
「お客さん、昨夜面白いもの見なさったでしょう」
ぎょっとして何故わかったのか聞いたが、そういうのは見ればわかるんですよ、としか教えてくれなかったという。