七十二/ 黒い素麺

Oさんの娘さんは幼い頃、なぜか部屋のコンセントを異常に怖がる子だった。
プラグが差してあれば問題はないのだが、何も差していないコンセントがあると、近づくのをひどく嫌がる。なぜそんなに怖がるのか聞くと「黒いそうめんが出てくる」と言う。しかしOさんが見てもコンセントはただのコンセントで、何も出てきてはいない。しかし娘さんは怯える一方なので、なるべくコンセントに近づけないようにはしていた。
ある日の昼下がりのこと。娘さんが昼寝をしていたので、起こさないように静かにOさんが座敷に足を踏み入れた。すると視界に、長くて黒いものが横たわっているのが入った。
黒いものは部屋の隅から寝息を立てている娘さんのほうまでうねりながら伸びている。ハッと息を呑んだ瞬間、それはものすごい速さで音もなく壁際に吸い込まれていった。吸い込まれた先には、コンセントがある。
黒い素麺というのはこれか、と思った。確かに素麺のようにも見えたし、あるいは髪の毛のようにも、糸が絡まりあっているようにも見えた。何だったのかはわからないながら、娘さんが怯えていたのはあれなのだと思った。また、あれはよくないものだという強い確信もなぜかあった。
それからというもの、使っていないコンセントには全てカバーをつけるようにした。それ以来娘さんもコンセントを怖がることはほとんどなくなって、成長するにつれ怖がっていたこと自体も忘れてしまったようだという。