三十五/ 幽霊アパート(37/100)

Aさんが学生のときの話。


アルバイト先で知り合った他大学の学生の下宿している部屋に幽霊が出るというので、面白がってアルバイト仲間三人でそのアパートに遊びに行った。
出ると言っても何かが見えるということではないらしく、夜中に変な音が聞こえる程度とのこと。
あまり期待はしなかったが、とりあえず何か変わったことが起きるまでその部屋で酒盛りという話になった。
午前一時を回ったころ、部屋の主が「そろそろかな?」などと言うので少し緊張していると、点けていたテレビが急に消えた。
部屋の主は「よくあること」と言って落ち着いている。
すると今度は部屋の明かりも消えた。
同時に、窓を叩く音がする。
――コンコンコン。
全員がそちらを見ると、窓の外に女の顔がある。
暗くて顔のつくりはよく見えないが、輪郭と長い髪、そしてルージュを引いた口元だけははっきり見えた。
女は口を開いて何か話している。
しかしそこから聞こえるのは、枯葉がガサガサ鳴るような奇妙な音ばかりだった。
Aさん達は「ぎゃあー!」と悲鳴をあげて窓から反対側の台所の方へ逃げようとした。
その途端部屋の電気とテレビが点いて、振り向くと女の顔は消えていた。
部屋の主はガチガチと歯を鳴らしながら「あんなの、今まで出なかった……」と呟いた。
部屋は三階で、窓の下には人が立てるような庇などないはずだった。


明かりを点けたまま震えて夜明けを待って、揃って部屋から逃げるように出た。
後から聞いた話によると、部屋の主はそれ以来友人の部屋を渡り歩いて一度も帰らずに引っ越したらしい。