三十四/ 披露宴のビデオ(36/100)

Kさんは三年前までの十年間、ビデオ制作会社に勤務していた。
その仕事の中でひとつだけ、どうしても不可解なビデオがあったという。
どう不可解かというと、見るたびに音声が変わったらしい。


それは結婚披露宴の様子を映したビデオだったという。
途中までは何も変わったところはない。
しかし披露宴の最後、新郎の挨拶のところでおかしくなる。

Kさんがこのビデオを最初に見たとき、新郎の挨拶はKさんの知らない外国の言葉のように聞こえた。
英語ではなく、妙に巻き舌の発音が耳に残るような言葉だったという。
Kさんもはじめは何かの趣向でこんな言葉を喋っているのかな、くらいに思った。
しかし趣向にしてはあまりにも脈絡がない。
何だか言葉と口の動きが合っていないような気もする。
そこで少し巻き戻してもう一度見てみた。
新郎の挨拶の前、司会の言葉に異常はない。
新郎がマイクを渡される。
Kさんは首を傾げた。
前回と違う気がする。
やはり知らない言葉だが、巻き舌のような発音がない。
音量を少し上げてもう一度見てみる。
今度は明らかに違う。
入れ歯のない老人がモゴモゴ喋っているような、はっきりしない声だった。
――機材の故障だろうか。
そう思ったKさんは違うデッキで再生してみた。
やはり新郎の挨拶だけおかしい。
しかもまた言葉が違う。

そのテープはマスターで、撮影されてからKさんが見るまで一度も編集されていない。
撮影した時の機材の故障だとしても、再生する度に音声が変わるのはありえない。
他の社員にも見せてみたが、やはり見るたびに違う。
そこだけ音声が消えることもあったし、新郎の言葉の代わりに客同士の会話が聞こえた時もあった。
事態は皆にも飲み込めたが、解決策が見当たらない。
原因がわからないので音声は元に戻せない。
そのまま依頼人に渡すわけにもいかないが、場面が場面だけにカットするわけにもいかない。
協議の末、その場面は音声をカットして音楽をかぶせることになった。
依頼人には機材のトラブルでそこだけ音声が消えてしまった、と説明して値段も安くしたという。


マスターテープはその後、誰も見ないように厳重に封をして会社に保管されたという。