二十/ 向かいの屋上

Mさんの通っていた高校の校舎は上から見るとHの形をしていて、片方の縦画に各クラスが、もう一方の縦画に理科室や音楽室といった特別教室があった。


ある日の午後のことである。
午後の授業は昼食の後なのでどうしても眠気に襲われ、集中力が途切れがちになる。
Mさんもその時、授業を聞き流しながらぼんやり窓の外を眺めていた。
教室の窓からは向かい側の特別教室棟が逆光で見える。
ふと、Mさんはその屋上に変わったものを発見した。
逆光でシルエットになっているが、紛れもなく一台の自転車である。
なぜか校舎の屋上にぽつんと自転車が置かれている。
普通、屋上にそんなものがあるはずがない。
特別教室棟は四階建てなので、屋上は更にその上だ。
わざわざそこまで自転車を持ち上げたのは何のためだ。
しかも屋上のドアは平素は施錠されていて、何か理由がない限り鍵は持ち出せない。
単なる悪戯だろうか。
自転車の周囲に人影はない。
Mさんは隣の席の級友に目配せして、自転車を示した。
級友も不思議そうに屋上を眺める。
すると次の瞬間、自転車はひとりでに動き出した。
誰もそこに近づいてはいないし、誰か乗ってすらいない。
しかし自転車はまるで誰か乗っているかのように屋上の柵の中をスイスイと走り回っている。
ペダルも誰かが漕いでいるかのように回っているのがわかった。
Mさんのほかにも何人か自転車を眺めていた者がいたらしく、教室内がざわついた。
皆が窓の外を見つめだしたので、授業どころではなくなった。
先生も窓の外を見て異変とみると、生徒に自習を命じて教室を出て行った。
先生が出て行ってすぐ、自転車は教室からの死角にふらりと入って見えなくなった。


先生は、結局その時間中には戻ってこなかった。
Mさんは後にその時のことを聞いてみたが、先生は言葉を濁した。
ただひとつ、屋上には自転車も何もなかったことだけは教えてくれた。