十九/ 自転車の籠

Sさんの家の近くにはひとつ高校があって、Sさんの家の前の道も通学路になっている。
ある日の夕方ふと見ると高校生が三人、自転車を並べて帰ってゆく。
そのうちの一台の前の籠に、白髪の老婆がひとり立っている。
老婆は籠に足を突っ込んで直立したまま、前を向いて動かない。
そんなところに人が立っていたら前が見えないうえにハンドルも大層重いはずなのに、乗っている高校生は何事もないかのように自転車を漕いでいる。連れの二人も老婆など気にすることなく談笑している。
そもそも走っている自転車の籠に立ち続けることが可能なのだろうか。
自転車が揺れるのに従って、まるで自転車の部品のひとつであるかのように老婆も揺れる。
物理法則を無視しているようなその動きを見て、Sさんはゾッとしたという。
自転車は老婆を乗せたまま通り過ぎていった。
Sさんは「厭なものを見た」と思い、すぐに仏壇に線香をあげた。