十五/ 網戸の外

Tさんの家は山中にあるので、夏になると周囲に虫が沢山発生する。
日中にはヤブ蚊と蝉くらいしか気にしないが、日没後明かりをつけると種類を問わず様々な虫が寄ってくる。
明かりが漏れる窓には小さい羽虫以外に、セミや甲虫の類が毎晩のようにぶつかってくる。
時には、夜にも拘らずに窓に留ったセミが大声で啼きだすこともあるほどだ。
そんな調子なので、明かりをつけたまま窓を開けると部屋に虫が雪崩れ込んでくる。
従って暑い夜はいつも窓を網戸にしていた。


その日も蒸し暑い夜だったのでTさんは窓を網戸にして過ごしていた。
いつものように窓の外には虫が沢山寄ってきている。
Tさんは背中越しに、網戸に大きい虫がぶつかる音をぼんやり聞いていた。

――甲虫かセミが来ているんだな。
――セミだとすると、啼かれたらうるさいな。
――まあ、啼きだしたら追い払えばいいか。

Tさんはそう思った。
すると、突然窓のすぐ外からセミの声が聞こえた。
普通の啼き方ではない。
捕まえられた時の必死の啼き声である。

――カマキリか何かに捕まったかな。

そう思って窓へ振り向いたTさんは目を疑った。
窓の外の上方から妙に白くて細い腕がだらりと下がっていて、その手がセミを鷲掴みにしているのである。
セミは必死にもがくが、白い手は力を緩めない。
緩めないばかりか、次の瞬間にはセミを一気に握りつぶしていた。
セミの声がぴたりと止んで、白い手は窓の上へするりと引っ込んだ。
窓の上はすぐ庇があって、人が隠れられるスペースはない。
しかもその部屋は二階である。
人間の手とはどうにも思われなかった。


翌日その窓の下に行ってみると、セミ以外にも握りつぶされたと思しき昆虫や小動物の死骸が散らばっていた。
肝をつぶしたTさんは以後、その部屋では二度と夜を過ごさないことにした。
それ以来はその白い手を見ていないが、不気味なのでその窓の下には滅多に行かないようにしているという。