八/ 墓水

Fさんのお母さんの実家は、その地域でかなり古くから続いている名家だったが、お母さんの弟、つまりFさんの叔父が後を継いで暫くしたころ、事業に失敗し、多額の借金を抱えた末に土地屋敷を手放すことになってしまった。
当主の叔父さんは土地屋敷を手放してすぐ失踪してしまったので、残された先祖代々のお墓は他所へ嫁いだFさんのお母さんが世話をすることになった。そういったわけで、Fさんのお母さんは数ヶ月に一度、お墓参りに郷里を訪ねる習慣があって、Fさんも子供の頃からそれについていくことがよくあったという。
そんな中、叔父さんが失踪して五年程経った春のこと。小学生だったFさんは、その時もお母さんと一緒にお墓参りに行った。いつものようにお墓の周りの草取りをし、墓石を掃除し、お花とお線香をあげた時。突如、墓石の下の辺りから大量の水が湧き出した。
まるで水道の蛇口を全開にしたような勢いで滾々と水が噴き出し、慌てて飛びのいたFさんとお母さんの足元は水浸しになってしまった。Fさんもお母さんも水道管が壊れたのではと一瞬疑ったが、当然そんな古いお墓の下に水道管が通っているはずもない。お墓の周りはみるみるうちに水溜りになってゆく。とりあえずお寺に駆け込んで住職を連れて戻ってきたところ、その時には水勢は殆ど収まっていて、僅かに流れているのが分かるくらいに落ち着いていた。
住職も水浸しになった有様を見て呆然とした様子で、三十年ここで住職をやっているがこんなことは初めてだ、と言う。
その時Fさんはあることに気がついた。周囲が磯臭いのである。どうやらこの噴出してきた水が臭うようだ。
(これ、海の水?)
そこは海からは百キロ以上離れた山奥で、どう考えても海水が湧き出るような土地ではない。しかしお母さんも同様に気付いたらしく、「これ、海水のはず、ないよねえ……」と呟いた。
結局水はそのまま勢いをなくして程無く止まり、三十分ほどで殆ど乾いたが、墓石の下の水の噴き出してきた跡には十センチほどの浅い穴が開いているばかりで、それも水が引くのと合わせてどんどん泥で埋まり、水が出た原因については皆目分からず仕舞いだった。
住職はずっと首を捻っていたが、とりあえず水は引いたのでその場はよしということで、解散となった。
水が乾いた跡にはしきりに蝿が寄ってきていたという。
帰り道、靴が乾くに従いどんどん磯臭くなっていくので、やっぱりあの水は海水だったのではないかとFさんは思った。帰ってから二回洗ったが磯臭さが取れないので、靴は捨ててしまったという。
それから二週間ほど経って、ある知らせが来た。警察からで、どうも数日前に海で揚がった水死体が叔父さんらしいということだった。飛び込み自殺だったらしく、遺書も後から見つかったと大きくなってから聞かされた。
Fさんは「ああ、あの水はやっぱり海の水だったのか」と思ったという。