さよなら、餡パンマン 第参話

悲願であったはずの黴菌マンとの決着は、3人のパンマンたちに深刻な苦悩の影を落とした。
悪事を行う者が消えた今、他者を守る力は無用の長物と成り果てたのである。彼らは悪と戦う為に流星より生まれ出でた者たちである。正義としてしか存在を認められぬ。正義が存在する為には、秩序を脅かす悪が必要である。悪の滅びた今、彼らの存在意義は失われてしまった。正義と信じて続けたそれまでの戦いは結局のところ、彼ら自身の存在意義を失う為のものだったのである。
彼らは初めて己の生を呪った。
それからの2ヶ月というものは、彼らにとって正しく地獄であった。食パンマンのみはパンの配達をしながら何とか日々を送っていたが、あとの2人は虚ろな眼を付き合わせつつ、無為なパトロールを行っていた。このパトロールは危険をいち早く察知する為のもの、というよりも己らの好敵手を求める行為であったと言ってよい。しかし悪は姿を現さなかった。
そして問題の夜である。パン工場の住人は皆寝静まり、餡パンとカリーパンも休んでいた。
深夜、餡パンマンとカリーパンマンは同時に眼を醒ました。離れた場所にて食パンマンも同様だった。瞬時に彼らは気づいた。新たな流星である。それは当然のようにパン工場の煙突に墜ち、かまどの中で形を変えた。ジャムとバタ子は熟睡して気づかなかったが、チィズは犬の敏感な聴覚でこれを感じ取っていた。しかし過去3回の例に慣れていたので吼えたてることなく再び眠りに就いた。
餡パンとカリーパンがかまどの前に立ったとき、丁度中から新たな英雄が出てきたところであった。夜中のことで、かまどにはパンは入っていないはずであったが、このときばかりは偶々バタ子が練習して失敗したパンが入っていたのである。実のところ、彼こそ餡パンマン達がここの所待ち望んでいた敵であり、悪となるものであった。世界がバランスをとった結果生まれた存在である。かつて餡パンマンは赤子で生まれたが、この新しいパンマンは、すでにこの時の餡パンマンやカリーパンマンと同程度の体格を備えていた。すぐさま餡パンマンたちと互角に戦える為である。
すべてをすぐさま悟った餡パンとカリーパンだったが、同時に強い疑問を持った。これでは際限がないではないか。悪が倒れれば新しい悪が。正義が倒れれば恐らく新しい正義が。そこに終わりなどない。これも正しく地獄である。そして理解した。善も悪も、本来そんなものは無いのだということに。しかしそれではかつての戦いは何だったというのか。黴菌マンは悪ではなかったというのか。己たちは正義ではなかったというのか。

そしてかまどから完全に出てきた新顔の顔の中心に、2人は無言のうちに同時に拳を全力で叩き込んだ。失敗作のパンは首から離れ、かまどに逆戻りした。新パンマン、誕生後1分で死亡。

2人は矢張り無言のうちに新パンマンの着衣を剥ぎ取り、食パンマンのところへと向かった。既に身支度を整えていた食パンマンは、2人の言葉少なな説明に静かに耳を傾け、聞き終わって言った。
「最早ここは我らの居場所にあらず」
3人は頷きあい、まだ暗い空を西に向かって飛びたった。新パンマンの衣服は明るくなってから山中に埋めた。
1昼夜全力で飛び続け、降り立ったのはベツレヘムと呼ばれる地である。空にはひとつ明るい星が輝いていた。
その下では厩にて出産が行われていた。3人は母親と生まれた子を見て拝み、乳香、没薬、黄金を贈り物としてささげた。


この赤子こそ、のちの<了>