さよなら、餡パンマン  第壱話

パン工場で男性の首なし屍体が発見されたのは、いつものように早朝の作業に取り掛かろうとしたジャム小父さんとバタ子によってであった。
屍体は工場の床、竃のすぐ前に仰向けに横たわっていた。均整の取れた肢体に一糸もまとわぬ全裸である。蒼褪めたそれは既に体温を失っているばかりか硬直が全身に進んでおり、死後数時間を経ていることが明らかだった。死んだのは夜中のことであろう。夜更けにはジャム小父さんもバタ子も作業場から離れた自室に引き上げるのが日課である。事態の経緯は全く分からなかった。頭部を失っているほかは目立った外傷はないので他殺なのかその他の要因による死なのかも判断できない。
由々しきことに普段工場内で起居しているはずの餡パンマンとカリーパンマンは工場内から姿を消していた。現代社会であれば、これはすぐ警察に通報すべき事態である。しかしこの世界において警察は存在しない。悪事を働くのはあくまで黴菌マンとその一党であり、それらに対するのは常に餡パンマンら食品の英雄たちの仕事だった。ゆえに餡パンマンたちの所在を明らかにすることも急務であったが、ひとまず彼らの見当たらない今、ジャム小父さんとバタ子は己らのみで事態の解決を図らねばならない。
最初の問題はこれが誰なのかということである。首の切断面に血が付いていない事から、これが食品を顔に持つ男である、ということは自明であった。しかしそれだけでは死者を特定できない。この界隈に食品顔の人物は無数にいるのだ。しかしパン工場の外には飼い犬のチィズがいる。パン工場は夜中でも鍵がかかっていないので物理的には侵入は容易いが、普段パン工場にいない人物が夜中に侵入しようとすれば、縄張りを侵されたチィズは狂ったように吠え立てることだろう。しかしジャム小父さんもバタ子もチィズの声は聞いていなかった。不審な人物は来ていない、と考えて良い。そこで気になるのが餡パンマンとカリーパンマンの不在である。ひょっとするとこれは二人のどちらかではあるまいか。背格好も似通った二人である。平素彼らを特徴付けているのは顔面と服装であった。そのどちらもないこの屍体に判断材料は皆無と言っていい。
もうひとつの問題はなぜ屍体に頭部がないのか、ということである。これが他殺による死とは限らないが、頭部が工場内に見当たらない以上、頭部がないのは誰かの手によるものであろう。先程も述べたようにこの世界において悪事は黴菌マンの専売である。しかし黴菌マンはふた月前に餡パンマンとの死闘の末息絶えた。その一党も黴菌仙人に連れられて1人残らず黴菌星に帰った。彼らの仕業ではありえない。では誰が、何の為に。
如何に考えようともこの事件はパン工場の住人の手に余った。二人は厳重に施錠をしてから街へ人を呼びに走った。