お膳

Eさんが市内を流れる利根川に出かけ、一人で釣り糸を垂らしていた時のこと。
三匹ほど釣れた後にじっと座って川面を眺めていると、視界の端に何かが現れた。
浅いお盆に載せたお膳が水の上に浮いている。白飯と汁物と箸がお盆の上に並んで川面をゆっくり滑ってくる。
そんなものが流れてくるのは初めて見た。
その日は波が穏やかだったのでそれほど揺れることもなく、お膳はEさんの視界を横切って流れていく。
川で亡くなった人へのお供え物かな? とEさんは上流の方へ目をやったが、お膳を流したらしき人の姿は見えない。他に流れてくるものも見えない。
もっと遠くから流れてきたのかな、しかしあんなお盆に載せただけでよく沈まないもんだな。
そんなことを考えながらお膳を目で追っていると下流の方からモーターボートがやってきて、勢いよく通り過ぎていく。
ボートの引き波がEさんの目の前まで届き、お膳があっという間に波を被った。そのまま沈んでしまったようで、お膳はそれきり見えなくなった。

あの白飯に寄ってきた魚が釣れないかな、などと考えながら釣り竿を握っていると、またすぐに視界の端に何かが流れてきたのが見えた。
お膳だ。先ほどとそっくり同じものが流れてくる。
また上流に目をやったが、誰もいない。

しかしつい先程上流に視線を向けたときにはもうひとつのお膳など見えなかったのに。もっとも、それは単に気が付かなかっただけかもしれないが。
お膳が近くまでやってきたとき、また下流の方からエンジン音を立ててモーターボートがやってきた。先程と同じだ。
引き波がやってきて、お膳が水中に消える。
全く同じ光景が二度繰り返されたのが妙に気にかかった。
もう一度同じことが起こるのではないか?
なんとなくそんな気がして、上流の方を凝視しながら釣りを続けていたが、新たにお膳が流れてくる様子は一向にない。
先程のは単なる偶然か、と思うと妙に期待していた自分がおかしくなって、笑いながら傍らに目をやった。
いつのまにか、釣った魚を入れていたバケツの中身が水だけになっている。
やられた!! とEさんは悔しがったという。