てるてる坊主

夜九時過ぎ、Rさんの携帯に彼女からの着信があった。
出てみると随分落ち着かない様子で、すぐ来てくれという。
どういうことなのと聞き返すと、アパートの部屋の前に変なものがいて、怖くて入れないとのことだった。
変な人がいるんだったらまず警察呼んだほうがよくないか、と言うとそうじゃないと言う。
とにかくすぐ来て、の一点張りなのでRさんは車を飛ばして彼女の元へと向かった。
最寄りのコンビニに避難していた彼女と合流してから、彼女のアパートへと歩いた。
エレベーターで五階に上がる。彼女の部屋はエレベーターの正面からまっすぐ行った先だ。
廊下には誰の姿もない。大丈夫そうじゃない? と彼女に笑いかけたが、彼女は硬い表情で首を横に振った。
まだ安心できないから先に行って確かめてほしいと言う。
彼女から部屋の鍵を受け取り、エレベーターの前に彼女を残して部屋に向かって進む。
やはり前方には誰の姿もない。
並ぶドアはどれも閉じて静まり返っている。このどれかに、不審者が隠れているんだろうか。
用心しながら歩いていったが誰も出てこないまま、彼女の部屋の前まで来た。
彼女の方に手を振ってから鍵をドアに差し込もうとして、ふと視界の端に白いものが映った。
視線を向けるといつのまにか妙なものが隣の部屋のドアの前に浮いている。
真っ白なボールの下に大きな白い布が垂れ下がっていて、大きなてるてる坊主そのものだが、ボールに顔は描かれていない。白いのっぺらぼうだ。
奇妙なことに上にも下にも糸や支柱は見当たらず、廊下の明かりに照らされて空中に浮かんでいるようにしか見えない。垂れた布の裾がそよ風に揺れている以外は、ぴくりとも動かない。
いつの間にこんなものがすぐ近くに現れたんだ。どこから出た。
変なものがいるというのはこれのことなのか。
Rさんはもっとよく確かめようとそちらに一歩踏み出し、腕を伸ばした。
ちょっと、だめっ!
すぐ近くから彼女の声がした。気付かないうちに彼女もすぐ近くにいて、Rさんの袖を掴んでいる。
てるてる坊主に視線を戻すと、真っ暗闇だ。
よく見ると五階から見下ろす夜の街で、自分は廊下の手すりから身を乗り出して腕を伸ばしている。
もう少しで足が床から離れそうな姿勢だ。
ゾッとして慌てて体を廊下に戻した。
てるてる坊主に触ろうとしていただけなのに、なぜあんな姿勢だったのか。彼女が止めてくれなければそのまま五階から落ちていた?
彼女の話では、Rさんはドアに鍵を差し込んでからすぐに身を翻して手すりから身を乗り出したのだという。てるてる坊主など見ていないと言う。
てるてる坊主の姿はもうどこにもないが、こんな所にいるのはもう嫌だった。
その日は彼女をRさんの家に連れて帰った。


この翌週、てるてる坊主がドアの前にいた部屋で住人の女性が亡くなっているのが見つかった。病死だったという。てるてる坊主との関係は不明のままだ。
Rさんの彼女はもうこんなアパートには住みたくない、とすぐに引越したという。