結婚生活

Rさんは中学生になる頃から何度も同じ夢を見るようになったという。
夢の中では若い女性と一緒に暮らしている。現実には会ったことのない見知らぬ女性なのだが、夢の中では夫婦になっている。
毎回目が覚めてからああ今のは夢だったかと自覚するものの、夢の中ではその状況に全く疑問を持たない。女性は愛情のこもった態度でRさんに接し、Rさんもそれを自然に受け入れて結婚生活を営んでいる。
繰り返しその夢を見ているうちに、次第に現実の中でもその女性が存在するような錯覚を持つようになってきた。
ふとした拍子にその女性を目で探してしまったり、何か飲もうと思った時にその女性のぶんまでコップを用意してしまったりする。
Rさんの両親も流石に様子がおかしいと思い、医者に診せたが特に異常はないという。それで今度は知り合いに紹介してもらった拝み屋に相談した。
拝み屋と言っても会ってみると普通にいそうな平凡な主婦だったというが、その拝み屋がRさんをひと目見るなり言った。
女がいるね。普通の女じゃなくて、人形みたいな。
どういうことですか、と訊くと拝み屋は難しい顔をした。
若くして亡うなった女の魂がどこかの人形に宿ったんやね。その人形がお宅の息子さんを気に入った。
生きてる間に幸せになれんかったのを、取り戻したいんやろな。
何とかしてやりたいけど、その人形がどこにあるかわからんから根本的には解決できん。
私にできるのはこれくらいや。
拝み屋はそう言って手を合わせると、Rさんの両肩を手のひらでポンポンと叩いた。
樟脳のような、埃っぽいようなにおいが漂ったかと思うと、拝み屋の指がRさんの肩から何かをつまみ上げた。
数本の長く細い黒髪だった。Rさんの髪よりずっと長いだけでなく、家族にもそんな髪の持ち主はいない。


その後拝み屋に勧められて、縁切り寺として有名なお寺ののお札を貰ってきた。
それからはしばらくその夢は見なくなったが、二年ほどしてまた夢にあの女性が現れるようになり、それからはお札を新しくしても効き目はなかった。
Rさんは現在四十代半ばになっているが、今もまだその夢を見ているらしい。夢の女性は昔からずっと歳を取らず、若いままRさんと幸せに暮らしている。

今ではまるで夢がもうひとつの現実のようにも思えてきて、こちらの現実では結婚する気が起こらず、独身生活を続けるつもりだという。