窓を開けたら

Nさんには高校時代からのSという友人がいた。あるときSが入院したと伝え聞いた。
話によると、少し前に奥さんが浮気した挙句に出ていって、Sは酷く気を落とした様子だった。そのせいなのか体調まで崩し、検査で癌が見つかったという。
高校生の頃から明るいムードメーカーだったSがそんなことになっているとは、とショックを受けたNさんはすぐに見舞いに行った。
病室のSは予想していたより元気に見えた。
以前よりは痩せていたが、顔色は良い。よう久しぶり、と笑顔でNさんを迎えてくれた。
癌と言ってもこの通り大したことはないから、じきに退院できるよ。そしたら飲みに行こうぜ。
そんなことを話すので安心したNさんは笑顔で病院を後にした。


それからしばらくは会いに行かずにいたのだが、三ヶ月経ってもまだ退院の報がない。
Sはあんなふうに気楽なことを言っていたが、症状が芳しくないのかもしれない。
そこでまた会いに行ってみると、今度は面会謝絶で顔を見ることができなかった。
やはり悪化しているのだと知ったNさんはそれからずっとSを心配していたが、そこからまたひと月ほど経った頃のこと。
朝起きてスマホを見たNさんは、不在着信が入っていることに気がついた。
公衆電話からの発信で、録音も入っている。もしかしてSか、と閃いたNさんはすぐに再生してみた。


「久しぶりN。この前は来てくれてありがとうな。ゆうべちょっと変なことがあってさ。妙に寝苦しくて夜中に目が覚めたんだ。暑いから窓を開けたら、誰かがいるんだよ。目を閉じて眠ってる顔が見えるの。誰なんだと思ってよく見たらなんか知ってる顔なんだよ。なんか見たことあるんだけど、誰だったかよく思い出せないんだ。一体誰だったのかなあ。ああいや、悪いなこんな変な話して。変な体験だったから誰かに話しておきたくなってさ。じゃあまたな」


Sの声ははっきりとして落ち着いた口調だったが、内容は不可解だった。
電話をかけてこれるくらいには元気なようだが、どうもこれは何かがまずいのではないか。Nさんは明日にでもまた見舞いに行こうと決めたが、その日のうちに友人から連絡が来た。
Sが病院で亡くなったという。
葬儀で目にした棺の中のSは、四ヶ月前に会った時よりもずっとやつれていた。目は落ちくぼみ、頬は鑿で荒く削ったようにえぐれ、まるで骸骨だ。
こんな状態で、亡くなるほんの直前に電話をかけてくることが果たして可能だっただろうか?
そんな疑問が拭えず、改めてスマホを確認すると、あの録音も不在着信記録も見つからなかった。あれは夢か何かだったのだろうか。

しかしNさんは録音で聞いたSの声を今でもはっきりと思い出せるという。